How to choose didjeridu - 彼らの感覚に寄りそう
ぼくたちがディジュリドゥを選ぶとき、音の質感・音量・演奏感・見た目・作者などさまざまな観点から「これはいい楽器だ」と判断して選んでいる。その「いい楽器」とは何なのか?その基準となるものや指標はなく、主観的で曖昧な感性で選んでいるのが普通なのかもしれない。

ではヨォルングはどうなのか?彼らの間では世代的な演奏傾向の違いや、楽器と触れ合うことで生まれる演奏者の成熟度の差はあるものの、どこか共通した価値観が存在し、それにプラスアルファ個々人の指向性があるように感じる。

とくに根拠があるわけではないが、儀式のあとに少しだけ使っていた楽器を鳴らさせてもらったり、個人所有の楽器を触らせてもらったりすると、なにかベースに共有するものがあるように感じられるのだ。また、Earth Tubeで集めてきた彼らが儀式で使った楽器、プライベートの楽器を鳴らしても、さまざまな傾向の中に包括的な指向性を感じる。

中には「コレかぁ〜」と頭を悩ませる難しいものがあったり、何も考えずともシンプルに「いいなぁ!」と感じるものもあってバリエーションはとっても豊か。パっと鳴らしてイイと感じる楽器がわかりやすいのだが、実は自分の演奏をドラスティックに変化させるきっかけになるのは頭に「???」が浮かぶ楽器であったり、なぜ彼らがその楽器を選んだのかスっと理解できない楽器だったりする。

もしかしたら、そういう楽器と触れ合ったときに自分が感じた違和感は、そのままヨォルングのディジュリドゥ奏者たちのリアルな演奏感との距離感と言ってもいいかもしれない。

その距離感を縮めていく行為は、彼らが共有していてぼくたちがいまだ感じえていないディジュリドゥの演奏感へと寄りそっていくことにつながるんじゃないだろうか。彼らが使った楽器を演奏していると、日本にいながらにして彼らの輪の中にある、そんな錯覚を覚えるのだ。
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by earth-tube | 2014-05-30 19:14 | 店長の日記
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