カテゴリ:店長の日記( 53 )
おまえはコックか!?
前回はケアンズの空港で出国時に免税店がしまっていてタバコを買うことができなかったのと、今回も早朝着なので「無理か!」と思っていたが、飛行機が遅れたせいか免税店があいていた!

なぜかアーネム・ランドのアボリジナルの人たちは、「Winfieldのブルー」というタバコを吸う人がめちゃくちゃ多い。

なぜ!? いつも不思議に思う。ここまで彼らをひきつけるなにかがあるのか!? これはもう独占禁止法にひっかかるか、違法ななにかがはいっているのか?
それはさておき、ワンカートン買ってホッとして通関の長蛇の列に並ぶ。オーストラリアに行ったことのある人なら体験していると思うが、オーストラリア固有の生態系を守るため、食べ物や革製品の持ち込みがすごく厳しい!そのチェックのため、やたらめったら時間がかかるのだ。

イダキ・カッティングの時に西洋式の押し切りのノコギリがこたえるので、今回は日本のノコギリを持って来ていた。あと、みんなに晩ご飯を作るので菜切り包丁などの調理用の道具がバックパックにつまっていて、それを危険物とみなしたらしい。

通関の職員に自分で袋をあけるようにうながされ、せっかく梱包したのにグチャグチャにしながら包丁とかオタマとかスプーンやフォークを出していくと、「おまえはコックか?」とつっこまれる。さらに、

「するどいナイフのようなものが他にも3つあるだろ?」

「そんなんないっスよ!」
なにも悪いことをしていないのに刑事に尋問されてるかのような気分になってくる。

「3つ.....ねぇ、あ!3つあるものといえば、子供のみやげに買うたこのキラキラ光るアゲアゲ棒?(七色に発光するライト)」バックパックから探し出して、職員に手渡す。

「あぁ~.....X線ではこういうのがナイフみたいに見えたりするんだよ。ハハっ。ハハハハっ。」職員少しきまずそうな乾いた笑いが響く.......。

完全にとっちらかった荷物をバックパックに入れ直すと妙にゆがんで、普通に歩いてるはずなのに一方向にひっぱられる。

みなさんも気をつけなはれや!
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by earth-tube | 2010-04-23 17:29 | 店長の日記
はじまりはいつもトラブルから.......2
気を取り直して、バックパックを枕に横椅子に仰向けになって、持って来ていた向田邦子の「冬の運動会」の文庫本を開いた。ネットやテレビがあるとどうも活字から離れてしまうのだが、旅の時だけは別だ。妙に活字の世界に入り込めるから不思議だ。

向田さんの小説の中には、普通の家族のお茶の間の中にひそむ狂気や、家族のそれぞれの中にある位相感が生み出すドラマをテーマとして描かれていることが多い。家族だからこそ抱く甘えや気恥ずかしさ、そういうものが入り交じった混沌とした感情が、最後には意外性に満ちた心地よい結末へと集結していく。ハナレグミの永積さんの歌詞を借りれば「友達のようでいて他人のように遠い 家族の風景」なのである。

読んでいるとグイグイ引き込まれて、ふと気づくと人だかりになっていたチェックインカウンターの前にはそれほど人が並んでいない。ここであんまりギリギリになってもなぁと思って、チェックインを済ませることにした。

すると、遅くなっているお詫びということなのか、関空に入っているレストランで使える1,500円の食事券をもらった!ラ、ラッキー!


どのみち朝の5時にケアンズ着なんで遅くなる分には逆にありがたい。しばらく日本を離れるし、ここは日本食を。ということでシースー(寿司)!アルコール類には使えないと記載されているので天ぷらまでついてる1,680円のセットにして........ビールもつけてまえ!どうせ高くても500円くらいやろ。

最後に支払いに行くと食事券を使って954円も追加請求された!レシートをまじまじと眺める.......

生ビール690円.......高っ! 関空プライス!

しかも、消費税別表記.......今どきなんで!?

してやったつもりが、少ししてやられたような気持ちになって出国手続きを終え、ゲートの近くで再度向田さんの本を開く。話はどんどんドラマチックに展開し、文字から目が話せない。

あと数ページでこの物語も終わる。そう思って顔をあげると付近には人がまばら。アナウンスはファイナルコール。あまりに集中しすぎて何も聞こえてなかった!3時間前からきてさらに3時間またされて、さらに30分遅れてたのに、一番最後に機内に入る。

自分のわけのわからなさにガックリきながら、自分の席にたどりつくとおばちゃんが座ってる......

「あの.....この席ぼくのですわ」
「え!? あたし電話で予約したから廊下側よ!」
「いや、ぼくもネットで座席指定したんで間違いないですよ」って言ってチケットを差し出すと。
「あたし、トイレに行く時に人起すの嫌やねん!」

って「おばちゃん、ぼくもせやから廊下側を指定してんねん」っていう言葉をグッと飲み込んで

「あ、もうガンガン起しちゃって下さい。気にしないんで。」と言うとおばちゃんは渋々席を譲ってくれた。っていうかぼくの席ですっ!

離陸のゴワンゴワンした轟音の中で「あぁ!今回も先ゆき不安やなぁ!」心の声が出そうだった。
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by earth-tube | 2010-04-21 14:02 | 店長の日記
楽譜とディジュリドゥ
最近、「ディジュリドゥを楽譜にする」ということでいろんな人から相談を受けた。今までにディジュリドゥの演奏が楽譜にされた事があるのか?また、そこから発展して楽譜にのっとった演奏が今までにされた事があるのか?

いろいろややこしいので僕の知ってる範囲でまとめてみることにした。

まず、「ディジュリドゥの演奏と楽譜」に関しては主に50~60年代に様々な民族学者・音楽学者たちの手によってなされてきたみたいです。数多くのフィールド録音を残したAlice M. Moyleや、自身もディジュリドゥを演奏する音楽学者「Trevor A. Jones」らによるものが現在でも残っています。 

ミュージシャンが自身の曲を作って発表するようなものではなく、伝統的なアボリジナルの音楽を調査・研究する中でかれらの音楽を譜面化していったようです。中でもTrevor A. Jonesは異色で、自身も伝統的なディジュリドゥの演奏方法にトライし、そのサウンド、リズムまでかなりの所までつめよっている!

音源として現在では入手困難になっている「The Art of the Didjeridu」というレコードが60年代に発売されており、なんとA面にはJones博士自身が様々な地域の伝統的なディジュリドゥの演奏をしている。そしてB面には彼がフィールド録音したアボリジナルの唄と踊り、ディジュリドゥソロなどが録音されている!

こういったものが発売される以前にそのリサーチは進められていて、論文などの形で発表されているだろうから、ディジュリドゥの譜面化が世界ではじめておこなわれたのはおそらく50年頃じゃないだろうか?

The Art of the Didjeridu
Artist/Collecter: Trevor A. Jones(Recorder)
Media Type: LP
Area: 西・中央・北東アーネ・ムランド
Recorded Year: 1960年
Label: Wattle Recordings
廃盤

>>詳細を見る
ディジュリドゥ研究のオリジネーター的存在Trevor Jones博士による演奏に加えて、アボリジナルの秘密の儀式の抜粋などを含んだ「開眼の一枚」。




「楽譜にのっとったディジュリドゥの演奏」については実はすごくあいまいだ。ディジュリドゥの演奏を西洋音楽に取り込んで演奏されたという例なら、1971年に録音された「Adelaide Wind Quintet with George Winunguj」というLPがある。

現代音楽を演奏するクインテット(四重奏)に、アボリジナルのディジュリドゥ奏者George Winungujが加わるという形で演奏されたこのレコード。はたしてGeorgeに譜面を渡して「これでよろしく」なんて言って演奏されたとは思えない。録音をきいた感じ、ほとんど即興演奏的なものじゃないかなと思う。

Adelaide Wind Quintet with George Winunguj(Didjeridu)
Media Type: LP
Area:Goulburn Islands(北西アーネム・ランド)
Recorded Year:1971年
Label: EMI
廃盤

>>詳細を見る
現代音楽の中に西部アーネム・ランドのアボリジナルのディジュリドゥ奏者を入れて演奏するという初の試みを収録した記録的価値の高い作品。前衛的なアプローチで挑んだ意欲作。




その後もおそらく自身のディジュリドゥの演奏を楽譜に置き換えて作曲し、それを演奏するということは世界中のディジュリドゥ奏者の中でためされてきたことと思う。そのため、「楽譜にのっとったディジュリドゥの演奏」という点では不確かなことしか言えないのが現状だ。

先日、ある音楽学者さんと話をする機会があった。西洋音楽的な観点で「作曲とは旋律をともなうもの」らしく、そういう見方で見るとディジュリドゥソロというのは作曲にならんらしい!(衝撃的)

西洋音楽的な作曲の観点からすると、「ディジュリドゥは効果音、もしくは太鼓のようなリズム楽器」という考え方があたりまえだそうな!(さらに衝撃的)

「じゃ、じゃ、ジョン・ケージの『4分33秒(ピアノの前で無音ですごす、音楽=音を鳴らすという常識をくつがえす歴史的作曲)』はどうなるの?」ってきいたら、「それは芸術としてとらえられている」とのこと.......。

世界ではぼくらが考えている「作曲」とはまた違った観点で「作曲」をとらえているんやなぁ!と猛烈に驚いた!! これは出会いなので、ぜひ音楽学者の先生にいろいろ聞いて勉強したいなと思った出来事でした。
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by earth-tube | 2009-11-06 20:53 | 店長の日記
Gomaさんが遊びにきました
以前にブログで書いた「ディジュリドゥ from Japan to Miwatj」では、一度Djalu'からGomaさんの手に渡ったイダキをぼくが橋渡しをして、アーネム・ランドに持ち帰った経緯を書きました。

その後、そのイダキがどうなったかというと.......。ヨーロッパツアーの終盤、ファミリーへのおみやげをいっぱい買いすぎて荷物が超過重量になってしまうということで、イダキを手放してしまったそうな.......。日本に帰国後、Djalu'と電話で話した時には「ヨーロッパツアーから帰ってきたらあのイダキをGomaに返そうと思う」って言うてたんやけど.......、ザッツ・ヨォルング・ウェイ!

ありのままの経緯をGomaさんに話した所、「ハハハハ、そうなるかもなぁと思てたから」と笑い飛ばしてくれた。

Gomaさんのイダキをあずかる際に、もし戻ってこなかったらEarth Tubeのイダキからお好きなのを2本選んでもらってもオッケーですと伝えていて、今回ライブで大阪に来た時に遊びにきてくれた。そして写真右に写ってるディジュリドゥ奏者でプロのサウンド・エンジニアiPPEiくんも駆けつけてくれた。最近自身のスタジオ「On Sound」を立ち上げ、精力的に活動している。

Gomaさんとは古くからの付き合いで、1stアルバム「Timeless Tubes」をリリース当時、そのレーベルで働いていた。ひさびさに会って、昼間からビール片手に互いに会ってない間に起こった話や家族の話ができてまったりした時間が過ごせた。

Gomaさんが選んだ2本のイダキは、ステージで常に演奏し続けているディジュリドゥ奏者ならではで、マイクのりの良い、スピード感がありつつも、ディープな演奏もできるものだった。イダキを選ぶその目線は、他の楽器との兼ね合いや、ステージ上での使いやすさなど、「実践」そのものだった事にGomaさんらしさを強く感じた。

ひさびさに生で聞いたそのイダキで演奏するGomaさんのサウンドは、トラディショナルもコンテンポラリーも通過した音楽的な響きと独特なリズム、オンリーワンの「Goma Sound」!

Gomaさんは今、「Goma & Jungle Rhythm Section LIVE TOUR 2009」のまっ最中!今回のライブでは、アコースティックのソロ、エレクトリックのソロ、ドラム、コンガ、ティンバレスなどの3人を加えたセッションの3部構成。この後も静岡→名古屋→京都→大阪→東京→仙台→新潟→長野→千葉と忙しい日々。ぼくも大阪のシャングリラで行われる9/21(月)のライブには足を運ぼうと思ってる。

詳しくはGomaさんのウェブサイトhttp://gomaweb.net/をチェックして下さい。
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by earth-tube | 2009-09-18 21:40 | 店長の日記
Djalu'が7/19(日)テレビに出ます!
ぼくが先月にDjalu'の住むコミュニティを訪れる前、ダーウィンの街で会った妹のDhanggalから「お前の滞在期間中に日本からTVクルーが来てDjalu'を撮影するんだけど、サプライズだから言っちゃだめだよ。」と言われていた。

アーネム・ランドまで来てイダキ・マスターを撮影するんだからこれはNHKのドキュメンタリーかなにかだろうと思っていた。ところが、結局ぼくの滞在中には撮影はなく、「日本のテレビ撮影がある」といううわさだけを聞いて帰国した。

その後、どうも日本から撮影隊が来たということは聞きおよんでいたのだが、どこの放送局かまったくわからないままで、このまま見のがすかもとドキドキしていた所、突然、東京の友人から「走れポストマン」という番組で7/19(今日!)放送されると連絡がきた!!

毎日放送 夜10時 「地球感動配達人 走れ!ポストマン」
URL : http://www.mbs.jp/postman/

ホームページをみると日本人のディジュリドゥ奏者が......。横顔なのでだれかわからない.......。イダキをみると、見覚えがある。「Nataくん!」。依頼者からのメッセージを伝えに行くという番組らしい。

今夜10時、みなさんテレビの前でスタンバってくださいね!
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by earth-tube | 2009-07-19 14:11 | 店長の日記
ディジュリドゥ from Japan to Miwatj
今回Miwatj(北東アーネム・ランド)を訪れるにあたって、何度かDjalu'の妹のDhanggalに訪れるむねを連絡していた。出発の数日前に電話した時、Dhanggalから「Gomaが来た時にDjalu'から買ったイダキがあって、それを彼に頼んでこっちに持ってきてほしい」と言われた。あまりの突然の事に驚いて、「一度彼が買って帰ったものだし、そんな事たのみづらいよ」って言うと、「あれは特別なイダキで、あのイダキがなくなってからDjalu'は抜けがらのようになってしまった。日本ツアーの時にも持って行ったし、あれは彼がヒーリングに使うために必要なの。」と言う。

あまりに切実な内容で、どうしたものかと考えていると、急に電話はDjalu'にかわって、「おまえ、あのイダキを持ってきてくれ!」と力ない声で頼まれた。もうこうなったら仕方ない。ほんとうに申しわけない気持ちでGomaさんに電話してみた。

すると電話口では「ハハハハハハ!」と高らかに笑って、「いいよ。そんなに気に入ってたんやねぇ。」と快諾。ふところの深いGomaさんに感謝!!!!!!!

出発前日にGomaさんから届いたイダキをかつぐと、なんと6.5kg!イダキケースと合わせて8kg近くある!エコノミークラスだと20kgを超えるとエクセスになってしまうので、重たい荷物をなるたけ減らしてパッキングした。それにしても、今まで何度もオーストラリアを訪れているが、日本からディジュリドゥを持って行くのは初めてだった。
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このイダキはもともと赤と黒のバンドペイントだけがされていたのだが、Gomaさんの手に渡ることを期にDjalu'がリペイントしたものと思われる。もっと長さがあったのだが「ボトムが割れてきた時にDjalu'が少し短くした」とその当時Galuruコミュニティにいたリョウヘイくんが言っていた。サイズ、音程ともにEarth TubeのSuperb YidakiのコーナーにあるDG-0803とそっくりだった。彼の好みのテイストというものがはっきりとあることがよくわかる。
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ヨォルングとつきあってるとほんと何が起こるかわからない。そういう事をつくづく感じさせられる出来事だった。そして、それを笑って許せるGomaさんの男気、リスペクト!

Gomaさんのホームページ : http://gomaweb.net/
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by earth-tube | 2009-06-29 16:14 | 店長の日記
関西からトップエンドが遠くなった
北東アーネム・ランドに行くには、ケアンズかダーウィンから国内線の飛行機で行くか、アーネム・ハイウェイと呼ばれるダートロードを4WDでひた走るしかない(慣れない危いかも)。また、南アーネム・ランドには日本からダーウィン入りして、車で4時間ほど南下する。

つまり、日本からはケアンズかダーウィン入りするのが最短距離を行くことになる。

しかし、日本からダーウィンへの直行便はない。そして今年、関空からのケアンズへの直行便がなくなった!しかも、ダーウィンへのバリ島デンパサール経由便もなくなった!ガーン!(下の写真は3-4年前に新しくなったゴーヴ空港)
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そこで今回は「関空→ゴールドコースト→ケアンズ→ダーウィン(以下陸路:キャサリン→ウグラー/バルンガ→キャサリン→ダーウィン)→ゴーヴ→ケアンズ→ゴールドコースト→関空」というやたら複雑な旅程を組んだ。飛行機会社は格安チケットで有名なジェットスターだ。乗り換えの都合上、行き帰りともにケアンズで一泊した。

「関空→ゴールドコースト」は約9時間のフライトで、「ゴールドコースト→ケアンズ」は約2時間。チケットを予約してしまった後に気づいたことだが、ケアンズまでの国内線のチケット代と宿泊費を考えれば、東京まで新幹線で行って成田発のケアンズ直行便に乗るほうがはるかに効率的じゃないか!!!出発を前にして、なにか猛烈に「ハッフーン」(© 水木しげる先生)とズッコケた気になるではないか!

ダーウィンに関しては「ダーウィン国際空港」という名前がついているのに、今残る国際線はエアー・ノースのセスナ機によるインドネシアの東ティモールのみ!!!それにしても関西方面からのトップエンドは遠くなったなぁとつくづく感じる飛行機会社の路線廃止の嵐にガックリしながら、旅はスタートした。
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by earth-tube | 2009-06-25 11:12 | 店長の日記
帰国しました!
今月12日に関空を出て、ダーウィン→キャサリン→ウグラー/バルンガ→ゴーヴと強行の10日間の旅をへて帰国しましたー。
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前半のダーウィンから南アーネム・ランドに向けての旅は、現地在住のヨォルング研究者ノリくんこと林 靖典と、この夏からチャールズ・ダーウィン大学(CDU)でヨォルング語のコースに参加する林田 遼平くんの二人と一緒に、ノリ君の愛車での快適な旅に.......なるはずがいつものハプニングありの楽しい旅に。

ヨーロッパ・ツアーを来月にひかえたDjalu'の所では、連日イダキ・カッティングとイダキ作りがかつてないほど一日中行われ、それを毎日手伝った。全身筋肉痛。人間、手のひらまで筋肉痛になるらしい。

Djalu'、Dhopiya、Mirwatngaの3人でイタリア、フランス、イギリスで公演を行うため、各国それぞれ10本づつイダキを送るという話を聞いていたため、今回はDjalu'のイダキを買うことはあきらめ、お手伝いに行くという旅だった。かなりの力仕事になると思ったので軍手を持って行ってたのだが、帰国後両手を眺めると、左手には丸太が落下してできた青タン、右手には血豆がつぶれたあと。

ウグラー(ベズウィック)のMagoを11本、また現地で使用されていたプライベートな楽器をふくめたミワチ(北東アーネム・ランド)のYidakiを40本以上入荷予定です。随時アップしていきますのでお楽しみに!
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by earth-tube | 2009-06-25 10:13 | 店長の日記
Djalu' Gurruwiwiのイダキ・カッティング
昼の1時〜夜の8時頃まで続いたBunggul(儀礼)の音が、朝起きても頭で鳴り響いている。昨夜のRirratjinguクランのManikay(唄)の伴奏をしていたイダキ奏者は、CD「Gobulu」などで知られるYothu Yindiに所属するMalngay Yunupinguだった。

儀式の場でイダキを演奏する人たちにはどこか共通している所がある。音量がそんなにでかくない。脱力して演奏している。頬や喉がだるだるでリラックスしている。などなど。そりゃ7-8時間に及ぶ儀礼の場で連日イダキを演奏すれば誰でもそういう感じになるかもなぁと毎回思うのだが、あの境地にはなかなかたどり着けない。

b0021108_13174550.jpgこの日の午後、かなり日差しがきつい中、Djalu'・Dhopiya・Winiwiniらでもっともお手軽なブッシュRainbow Cliffにイダキ・カッティングに出かけた。4月7日の段階では、週一回ほどの周期でザァーッと激しい雨が断続的に降るちょうど雨期の終わりギリギリという感じだった。ブッシュの中は植物達が力強く、乾期は全体的にグレーという色合いなのだが、新緑の黄緑色にあふれていた。

いつも最初のイダキ・カッティングはDjalu'につきあって、彼の体調や彼自身に触れる。なぜか何もないブッシュの中では、人間そのものをすごく感じやすい。Djalu'のあとを歩いているだけなのにアニメのブタのようにドクドク汗をかく。彼の大きな背中を見ながら、すでに76才(パスポート上)のDjalu'よりも体力ないんじゃないかと思った。

すでに雨期は終わりに近づいているのか、空気だけはやけに乾燥していて唇がかわく。最後らへんはちょっと歩いては「Gapu ga(水をくれ)」といってそこらへんに座り込み、しばしぼんやりとブッシュの中を眺める。コーン、コーンと斧をふるう音が遠くから聞こえる。「ブルルルルー」突然Djalu'が音の鳴る方を見ながら言った。そして繰り返し「ブルルルルー」.....。

彼の方を見つめると、「イダキになってる木をたたくとこんな音がするんだ」と言う。斧の頭で木の幹をたたいてイダキかどうかを調べる時、彼はこんな音を聞いてるんだなぁと自分との聞こえ方の違いにびっくりしつつ、まるで精霊と語り合うかのようにイダキを見つけるイダキ・マスターの世界観に心動かされた。

この日はDjalu'はカットすることができず、最終的に嫁さんのDhopiyaが2本。息子のWiniwiniが4本カットしていた。7年前彼に会った時は精力に満ちあふれていたが、ここ最近はおじいちゃんらしくなってきたなぁと感じるようになってきた。けれど、よく考えると76才でブッシュの中を駆け回っている。それだけで奇跡的!
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by earth-tube | 2008-04-25 13:18 | 店長の日記
いきなりはじまった葬儀
b0021108_20185637.jpg翌朝、目が覚めると犬とバッチーンと目線が合う。床に直接マットレスを置いて寝ているので、目の前で寝ている黒い大きな犬の姿が目に飛び込んでくる。Djalu'の所で放し飼いになっている4-5匹いる犬のボスだ。「おまえが夜中にカリカリカリカリ足をコンクリートにこする音で目が覚めたんだよ!」という念を送るも、面倒くさそうにちらっと上目使いに見て「なんのこと?」ってツラをしている。(写真はラリーの犬。俗名「アーミーカラー」)

顔を洗って、彼らがヨォルング・カップと呼ぶかなり大きめのホーローのカップに、ティーバックとたっぷりの砂糖と粉ミルクをつっこんでお湯を注ぎ、そしてすぐ飲める温度にするために最後に水を足す(これがいかにもアボリジナルらしい)。これがヨォルング式の朝のはじまりだ。日本で自分が紅茶を飲む時には、決してこんな紅茶の入れ方はしないのだが、インド同様、暑い場所ではなぜかこういう濃くて甘い紅茶がうまいから不思議だ。

カップを片手に家の前にひろがる浜辺に歩き出し、すでに起きて浜辺の木陰にイスをおいてすわっているDjalu'の横に座る。するとおもむろに「今日は昼からYirrkalaで葬儀がある。Mokulが亡くなったんだ。」と言う。こういう時にいつも感じるのは、彼らは身内が亡くなった時に気落ちしてふさぎこんだりせず、なぜか妙にあっけらかんとしているという事だ。死者の魂魄がこの世に再来することを信じているアボリジナル文化ならではの感覚なのだろうか.....と不思議に想う。

昼すぎには6人乗りのランドクルーザーにつめこめるだけ人をつめこみ、ワゴンタイプのタクシーを呼んで、ゴザやイダキをつみこんでYirrkalaに向かった。現地に着くとすでに演奏をしているグループがあったが、その場所ではなく儀礼の中心に近い所にDjalu'は陣を取った。後から聞いた話によると、先にきていたのはRirratjinguクランのグループだったそうだ。離れた所でRirratjinguのManikay(唄)とYidakiが演奏され、目の前ではGalpuの面々が自分たちのManikayを唄っている。

儀礼は日が沈んだ後も続き、Bunggulmi(ダンサー)たちのかけ声と、ソングマンの唄声、そしてYidaki奏者の演奏には徐々に熱が帯び始め、クライマックスでは激しく壮絶なダンスが......。その内容をここで書くことはできないが、死者を弔うという事にこれほどまでにエネルギーを使うヨォルングの人たちをどこかうらやましく想った。

この時にDjalu'が持って行ったイダキは、ラリーが作ったイダキでピッチはF#/Gだった。そしてもう一本、マイケルという白人の私物のDjalu作の古いイダキ(4-5年前)で、ピッチはD#/E。その後、このイダキに大きな変化が起きる......。
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by earth-tube | 2008-04-24 20:21 | 店長の日記