カテゴリ:店長の日記( 53 )
ヨォルング・タイムっすね
Goveの空港についたのは夜。空港で荷物をピックアップしようと待っていると、見知ったヨォルング・キッズたちが抱きついてきた。Djalu'ファミリーのみんなが空港まで迎えにきてくれていた!!セルマの息子のヨーチンやラリーの息子のババコや娘のシャーナとヨーカラ。たった半年ぶりなのに大きくなっている!

前回訪れた時にはGroote Eylandtに行ってて会えなかったVernonもいた!はじめて会った時はジャクソン5の頃のマイケルのようなキュートな少年だったが、身長もぼくとほぼ同じになり段々男っぽくなってきていた。「みんなにVernonは何してるの?って聞いたら、Grooteに女を探しに行ってるって言ってたで」と言うと、恥ずかしそうに「ちがうちがう!!みんなからかってんだ!」って答えてたけど.....どうもいるらしい。

Galuruに着くと出迎えてくれたうれしい顔があった。以前にディンカム・オージー倶楽部で働いていた林田遼平くんだ。すでに2週間ほどステイしているらしく、ファミリーの近況を聞いた。彼が着いた当初、車が壊れててイダキ・カッティングにはあまり行けてない。そしてDjalu'が作ったイダキは1本だけあって、それはDjalu'が「儀式で使う用に作る」と言いながら作っていたそうな。またラリーが作ったのも1本だけあるそうだ。

日本から何度も電話で「今回は10本以上買うから作っておいてね。」と伝えていたのだが、やっぱり......。しかも出発前々日に電話した時には、遼平くんがいることには全く触れていなかった。遼平くんも電話で行く日をDjalu'の妹のDhangalに伝えていたそうだが、当日来てみたら、誰一人として彼が来ることを知らなかったという......。一瞬、気が遠くなったが、「いやいやヨォルング・タイム、ヨォルング・タイム、こんなの普通やね。」遼平くんと笑いあう。

Djalu'に会うと御年76才になるのに相変わらず元気そうで、ホッとする。そして彼独特の人を安心させる暖かさに触れ、やっぱりこの人に会いに来たんだなぁとしみじみと想った。話をしているとYirrkalaに住むDjalu'の実の妹が亡くなり、明日から葬儀が始まるのだという。そしてGaliwin'kuでも弟が亡くなり、葬儀待ちだという。ヨォルングの葬儀は参加する各クランと相談しながら決まるのだが、だいたい1週間以上続くこともざらだ。しかも葬儀は日がな一日中続く。「これは一番忙しいタイミングで来ちゃったなぁ」と思いながらも、ハプニングではじまったこの旅が、さらなるハプニングへと導かれて行く予感に満ちあふれて、Djalu'のとなりのベッドに横になった。
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by earth-tube | 2008-04-23 13:41 | 店長の日記
ケアンズ ートラブルは続くー
5時間遅れで関空を出た飛行機がケアンズについたのは、予定通りにいけば朝6時30分のはずがきっちり5時間後の11時半!ゴーヴ行きの国内線が19時発なのでケアンズの街にいれるのはGove行きの飛行機の出る2時間前の5時頃まで。空港で荷物をあずけ、急いでトラベラーズ・チェックを換金しに街に出かけた。

街につき、銀行に行くと閉まっている!土曜日で12時までの営業だったのだ!こんな所で飛行機の5時間遅れにたたれる。いったんアーネムに行くと車がないため、Djalu'の住むGaluruから町に出るにもタクシーで片道$25とやたらお金がかかる。だからケアンズで換金しておきたかったのだが....

気持ちを切り替えて食料品などを買う事にした。というのもGove(Nhulumbuy)は生鮮食品やお肉など食料品から雑貨まですべて物価が猛烈に高いからだ。陸からのアクセスが非常に難しいGoveには、ほとんどのものが貨物船で届けられる。そのため食料品から生活雑貨にいたるまでそのほとんどに輸送量がかかっている。つまり、Goveの物価は恐ろしいほどに高い!日本で買うものの大体1.5〜3倍ほどの値段になっているものもざらで、為替レート次第ではもっと恐ろしいことになる。のり巻き用のノリが10枚入りで$7.5(約720円弱)、きゅうり1本$3.5(約330円)という価格を聞けば納得いただけるだろう。

b0021108_20544134.jpg食料品を仕入れ、ほんの一時のケアンズを楽しんだ。ケアンズの町中には新鮮な野菜や果物が並ぶマーケットがあったり、Torres海峡諸島の人たち、アボリジナル、白人、観光客、アジア人など多種多様でにぎやかだ。そして今から向かうGoveではほとんどの時間をヨォルングの人たちと過ごすことになる。トロピカルな気候は近いのに、Goveと対照的なほどに開かれた都市ケアンズをあとにGove行きの飛行機に乗った。
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by earth-tube | 2008-04-21 20:56 | 店長の日記
ノー・モア・トラブル!
前回アーネム・ランドに行ったのは2007年9月で、出発する日に食べたおにぎりにあたって食中毒に見舞われ、「発熱、めまい、下痢」の三つ巴。しかも関空に向かうJRが踏切事故で随分早く家を出たにもかかわらず、ギリギリのチェックインというとんでもない旅のはじまりだった。この時の苦しみと飛行機に乗れないかもしれないという焦燥感は、強くぼくの記憶に残ったのだった.....。

そこで、今回は出発前の食事にも気を配り、JRではなく南海電車を利用して時間もたっぷりと余裕をとって、早めにチェックインし、出発ゲートのイスに横になって手荷物を枕に悠々と読書を決め込んでいた。ここまで来ればあとはタイムスケジュールどおりに早朝6時30分にケアンズに着き、その日の晩にはDjalu'の所に着く。そう思うと、安心感とDjalu'ファミリーに再会する喜びで、本を読んでいてもその内容は僕の脳みそを通り抜けていくようだった。

b0021108_1342299.jpg今回フライトに選んだのは22時05分発のケアンズ行きのジェット・スター。サービスを少なくする代わりに格安料金を実現したカンタス航空の子会社だ。機内食をつけると片道6000円もかかるため、注文せずに弁当とスナックを自分で用意したりして、片道7時間の旅を満喫するつもりでいた。


搭乗予定時刻が来ると日本語でアナウンスが入り、30分ほど出発が遅れるとの事。「悪天候でもないのに飛行機の離発着でも時間が遅れることってあるんだなぁ」と待つ事30分。今度はさらに1時間遅れるという表示が出て、搭乗客にはパンとジュースが配られた。どうも名古屋で積み込み資材の搬入が遅れているらしい。出発ゲート周辺のイスには待ち疲れた人たちがグッタリとしている。さらに時間は延長され、待つ事合計5時間!関空を出たのは夜中の3時だった!

b0021108_1342516.jpg「ノー・モア・トラブル!」チカチカとまたたく大阪の夜景を窓の外に見ながら、悲壮感にあふれた声が僕の心の中にこだました。
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by earth-tube | 2008-04-21 13:48 | 店長の日記
フラフラのケアンズ
ケアンズにつくとその足で病院へ。保険が適用されない場合、医者にみてもらうだけで$60!一度診察してもらって、尿と血液の検査をしてもらうことに。この検査費が$170!日本みたいにすぐに結果がでなくて8時間後に再検診してもらうと、どうもウィルス系だという事しかわからないらしい。

この日の晩ケアンズを出てゴーヴに向かう予定だったので、医療施設のしっかりしているケアンズで薬をもらってできるだけなおしたいという一心で、そのまま帰ろうとするドクターにくらいつく。

「出発前日に食べたおにぎりがどうもあやしかった」と伝えると、食中毒かインフルエンザという診断....。「ってその二つえらい違うがな。どっちやねん!」って聞いても日本の政治家のようなあいまいな返事.....。結局総額$300の診察費と検査費をかけてもらったのが下痢止めと、一般に市販されているパナドルといういわゆる日本のバファリンのような痛み止めだけ。

このくだんのおにぎりの入手経路を話すと長くなるので短くすると。実家の母親が作ったものを友人がもらい、それが偶然大阪市内でその友人にあって手渡されたのだった。まさか身内が作ったものでこんな苦しい思いをするとは.....。もともと胃腸の強いぼくが食中毒になるのはインド以来だった.......。

その後、猛烈な下痢がはじまり、パナドル飲んだら熱がひいたが以前37〜38度をいったりきたり。ふらふらのままいざアーネムへ。
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by earth-tube | 2007-10-11 19:41 | 店長の日記
出発はハプニングから
ひさびさのアーネム行き。いつものごとく出発当日に荷物のパッキング。Djalu'とファミリーへのおみやげと、女性陣へのたばこ(現地のヨォルングはWinfield Blueという銘柄しか吸わない!)を2カートン、録音機材とキャンプ道具をつめこんでいると急にめまいが.......。

おかしいなぁと額に手をやると少し熱い。はかってみると37.5度ある。すでに家を出る予定の時間の1時間前で、20kg以上あるバックパックをかつぎ駅へ向かった。

b0021108_16275115.jpg体調が悪い事を考え2時間半まえに空港に着くように余裕をもって家を出たのだが、JRの踏切がさがらなくなるという事件が発生し、熊取の駅で関空特急を待つこと1時間弱!バタバタしたままチェックインし、飛行機に乗ってしばらくすると猛烈な寒気が襲ってきた。

夏風邪でもひいたのかと思っていたが、のどは痛まないし、鼻水も出ない。ただ猛烈に熱があがってきたらしく、頭の上までスッポリと寝袋をかぶってもまだ寒い!

こ、これはヤバいかもと思い、機内で体温をはかるとなんと39度!!!

Goveにも病院はあるのだが、前回の事故でノーザン・テリトリー州の病院のずさんさにげんなりしていたので、ケアンズについてすぐ24時間対応の病院にかけこんだ。
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by earth-tube | 2007-10-05 14:18 | 店長の日記
グッバイ・ニッキー!
音やにおいの方が映像や文字よりも、より力強く深く記憶に刻まれることがある。

僕の場合、特にディジュリドゥのサウンドとその演奏者のパーソナリティーが一つになってイメージとして心に残ることがある。Nicky Jorrockもその一人だ。

彼に会おうとしたのはCD「Rak Badjalarr」を聞いた後で、2001年だった。コミュニティに直接電話して彼とのアポイントをとり、Mandorahビーチでひたすら彼を待った。その時彼はあらわれず、「いつか彼の生音を聞いてみたい」という想いだけが残ったのだった。

そしてその後、出口くんがNickyと会ったという連絡をもらい。ともにBelyuenコミュニティを訪れて、その時はじめてNickyの音に触れた。力むことなくシレッと吹き始めた彼が鳴らすサウンドは、北東アーネム・ランドのイダキとは全く違う、滑らかで美しい倍音のきらめきが、海辺に打ち寄せる波のように絶え間なくゆらいでいた。

シャイで心優しい、そしてちょっと早口なNcikyの温かな人柄がサウンドに溢れている。Belyuenコミュニティの唄もそうだが、どこかせつなくて恋慕や郷愁の想いを感じさせるNickyのサウンド。ハートウォーミングでにぎやかなBelyuenの人々。それらが僕の心を惹き付けてやまず、オーストラリアに行くたびに彼を訪ねた。

そして今日の朝、出口くんからの電話でNickyが亡くなったことを聞かされた。49才だったそうだ。Belyuenではディジュリドゥ奏者が少なく、まだまだ若い彼が今後どんどんディジュリドゥ奏者を教え、養っていくのだろうと想っていた。そして勝手ながら、そのために僕らができる手助けはなんだろうか?と模索し、いつか彼を日本に呼びたいと想っていた。

Nickyが亡くなったという事実は、胸が押しつぶされるようなせつなさと悲しみをいやおうなく僕につきつける。けれど、彼の倍音のきらめきの一粒一粒が僕の心の中でぼやける事なく、はっきりと響き続けている。

僕の敬愛する大漫画家手塚治虫が亡くなった時、筒井康隆氏とだれかの対談で、「手塚先生の漫画に注ぎ込んだエネルギーはどこにいったんだろうか?」という問いに、筒井氏が「それは読者の心の中に行ったんだよ」と答えた事がハッと頭をよぎった。

「Nickyのサウンドは、直接彼に会った人だけではなく、CD『Rak Badjalarr』を聞いたみんなの心に響くんだ」そう想うと、現世からスピリットの世界に旅立ったNickyがいつもの輝くような笑顔で笑っているような気がした。

グッバイ・ニッキー!そしてありがとう!僕の心に決して消える事のない彼の倍音がいつも鳴り響いている。
-2006.6.20 Nicky Jorrockへ感謝と敬意をこめて-

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by earth-tube | 2006-06-20 20:13 | 店長の日記
改良されたディジュリドゥ・ソフトケース
b0021108_11413146.jpg今回ディジュリドゥ・ソフトケースを作り直すにあたって、力がかかりやすい部分を補強する「力布」やステッチの方法、バックルメーカーについてなど、友人の佐藤さん(この道のプロ)に協力してもらって様々な改良点を加えた。前回からの大幅なバージョンアップで、作業工程もかなり増え、サイズの正確さにかなりルーズなこちらの工場も、なぜか社長のやる気によって管理体制が向上し、製品そのものはかなり良いものになった。コストは大幅にアップしましたが、お値段はそのままです。

1. ショルダー・ストラップ
僕自身自分の演奏の時にも使っていて、長時間持って移動する際に、やはり肩に対するフィット感が少なく、肩ですべって何度も背負い直すという事が多々あった。そして家に帰って服を脱いで肩を見れば、荷重がかかりすぎて赤くなっている事も少なくなかった。

b0021108_11454929.jpgそこで、まずは使用感を向上させるためにショルダー・ストラップを改良することにした。写真のように肩にあたる部分にはかなり厚めのやわらかいクッションをいれ、ケースのフィット感を増すために、体にケースをひきよせれるようにしました(ストラップで調整可能)。これでケースと体との間に隙間ができにくくなり、すべりにくくなりました。フリーサイズもS〜XLのものも全てこのストラップが採用されています。


2. ボトムとトップに使うクッション
今までのケースは上下にスポンジを2重にしてケースを地面に置いた時に、「コン!」とならないようにしていた。それでも置くときはある程度そーっとおかないといけなかった。不意にぶつけた時には少し気にやんだりすることもあった。

b0021108_11523254.jpgそこで、従来のスポンジの2倍以上の厚みのあるものを用意した(写真参照)。この厚みだと上から金槌でたたいても下にあたる事はない。この厚みと堅さを感じさせるほどの強い弾力性のスポンジをボトムに2重、トップに1重使いました。気軽にドンっと置いてもイダキが直接地面に触れることは絶対ありません。


3. バックルを変更
b0021108_11495581.jpg一番問題だった壊れやすいバックルを日本製のNifcoのものに変えました。特に荷重のほとんどがかかるであろうショルダー・ストラップには50-60kgの重量に対応しているバックルを使用しました。この部分の縫製方法にも工夫をこらし、この部分のサンプルは何度も作り直し、工場の人も「これは厚みがありすぎて縫えない」と言うのを何度もやりとりをして、結果的にいいものになった。

b0021108_11553341.jpgまたソフトケースに6箇所ついているケースを締め付ける小さなバックルもNifco製になっています(フリーサイズは従来通り)。バックパックにこのバックルを900個入れてかついだ時には、正直出発をとりやめたくなる重さだったが、できあがってみるとその苦労も吹き飛ぶほどいい仕上がりだった。



4. 力布と縫製の改良
b0021108_1157733.jpg重量のあるディジュリドゥをケースに入れて持ちあげる時、どうしても一箇所に荷重がかかりすぎて、布がやぶれたりすることがあった。それを改良するために、力がかかりやすい所には中に「力布」を入れ、縫製を2重にすることで製品の強度を上げました。写真は、取手部分。この下にも力布が入れてあります。

b0021108_1222963.jpgまた、最も重力がかかるであろう肩のストラップの縫製には最も注意をはらいました。力布をはさむのはもちろん、縫製に指示を細かく出し、この部分では様々な工夫がされています。この工場の社長はかなりこの部分を丁寧に作ってくれたので、自身満々にケースに片足をつっこんで「俺を持ち上げてみろ!」といい、持ち上げた後、「どうだ!この仕上がりは」と誇らしげな顔をしていた。いや、そこまでの荷重は考えてませんって.......。

残念ながら今回考えていたブラウンは今までの焦げ茶のような色合いの素材がなく、うすめの茶色しかなかったため、製作を見送った。汚れにくいという点でやはり黒が一番長く使える色だとは思う。販売は船便によるが、7月頃になるのかな。

このバージョンのソフトケースは、各サイズ数量が限定されています。実際にこのケースを自分で使ってみて、売れてなくなればまた次のバージョンへと試行錯誤をしたいと思う。ご要望などがございましたら、このブログにドンドン書き込んでください。

今回このバッグ製作にあたって、かなり細かいアドバイスをしてくれた佐藤さんに感謝!!!!!!!
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by earth-tube | 2006-05-29 12:10 | 店長の日記
ひとまず
ここまでで、今回のアーネムへのトリップはおしまいです。短期間だがやたら濃厚だったように思う。またDjalu一家との関係も、もう互いにあまり気を使わない感じになり、かなりのんびり過ごした。

今僕はバリ島にいる。すでに書いたがディジュリドゥ用ソフトケースを作るためだ。今回、できあがりはかなり良い!残念ながら色がそろわなかったため、今回は黒一色のみ。今後また詳細をアップする予定です。「かつぎやすさ」と「イダキに対する保護性」が格段に向上しました!6月末か7月頃発売予定です。

ブログの新入荷イダキのページで前回紹介した楽器の写真を数点追加しました。
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by earth-tube | 2006-05-28 18:40 | 店長の日記
いざアーネムへ
ダーウィンからGove行きはなんと朝6時半!4時半には起きてホテルをチェックアウトして、エアポートシャトルバスに乗らなければいけない。泊まっていたのはごく普通の4人部屋のドミトリーで、そこには初老のオージーのおっさん一人だけで、事前に「目覚ましで起こしちゃうかもしれんけど、ごめんね」と断りをいれていた。その返事は「パブでビールを飲んで来るから、グッスリさ」というさわやかなものだった.......。

日本から持って来ていた携帯電話の目覚ましを使って、30分の時差を考慮して予定の時間に起きる。眠い目をこすりながらベッドから起きて床に足をつけると、ピチャッ! ナヌ!俺はビーチで寝ていたっけかな?小首をかしげながら電気をつけると.....そこにあったのは見覚えのある黄色の液体!そしてベッドに横たわるは、パンツ一丁のさっきのおやじ! ピッシング・オフ!

そのおっさんのナニで濡れた足でそのままオヤジを蹴り倒してやろうかと思ったが、眠る前に「ふんふん、なるほど〜」と納得しながら読んだ「仏陀の言葉」の本に「怒りは感じてもだめやし、怒りに対してリアクションしてもだめやで」と書いてあった事を思い出し、振り上げた足をひっこめる。

b0021108_1321274.jpg気を取り直してレセプションに行ってチェックアウトする。そのとき、時計を見てハッとした!時計の針は5時半をさしている!30分の時差を逆に換算していたのだ!予約していたシャトルバスはもちろんすでに出発している。タクシーを呼び、運ちゃんに$10握らせて「空港までラッシュで!」と叫んだ。

b0021108_1323439.jpg無事飛行機に乗って、窓からアーネム・ランドをぼんやりながめながら「出口くんのブラブラ日記とちゃうねんで〜。ほんまハプニングの連続やなぁ」と心の中でしみじみとつぶやいた。

ダーウィンからGove行きの飛行機は右手がアーネム側なので、ちゃっかり右の窓側の座席を指定して、四六時中窓の外をながめてはニンマリしていた。
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by earth-tube | 2006-05-23 13:05 | 店長の日記
バリからダーウィンへ
ガルーダ航空のバリ発ダーウィン行きはなんと夜中の3時発の朝7時着!にもかかわらず、出発の日に宿で知り合ったDJ Krush好きのスウェーデン人とやたら話が盛り上がり、出発直前までしこたま呑む。泥酔状態で飛行機に乗り込んだら、離陸の時のプレッシャーでおもむろに気分が悪くなった。この時点で、酒を呑んで飛行機に乗った事を急激に後悔したが、後の祭り。ダーウィンに着くまでふて寝する。

b0021108_1258957.jpgダーウィンはまだ雨期の終わりらしく、夜の間に降った雨で地面が濡れていた。とにかく寝不足の頭をはっきりさせるために、宿をとってお昼頃までぐっすり寝た。到着した日が日曜日だったので、夕方からあるミンディル・ビーチ・マーケットに向かう。目的はオーストラリアで最も大好きな食べ物「マンゴー・スムージー」を飲むためだ。


b0021108_12582924.jpg入り口にはいつもやっているエムディーというディジュリドゥ奏者のパフォーマンス。バランダ(ノンアボリジナル)の演奏スタイルではSiに並ぶほどうまい。ドラムに合わせてダンサブルな曲をリズミックに演奏しているのを、「いつきても同じ曲やってるから時間感覚わからんくなるなぁ」とぼんやりとながめていると、一人のアボリジナルのオールドマンが踊り出て来た。

曲に合わせて、伝統的なダンスをやっている!僕の前にいたアボリジナルのグループはみな、ノリノリで演奏しているとうのエムディーの方には全く見向きもせずに、そのオールドマンを見て声を上げて笑っている。夕闇に浮かぶこの風景にやたらピースなものを感じた。

今年のミィンディル・ビーチも去年とほとんど変わっていない。もう散々見て来たパフォーマンスをなつかしい気持ちで眺めながら、例の「マンゴー・スムージー」屋を探す。キッズサイズでもめたくそに満足感のある量があって、実は昼抜きである。はやる気持ちで通りを歩く速度が早くなる。人をかき分け、かき分け進むも、いつものあの店が見つからない。無い!

ぬぉ〜!ほぼ絶叫に近い雄叫びが僕の心の中でエコーたっぷりに響きわたった。うんざりしながら20分ほどの道のりをとぼとぼと歩く。明日の早朝にはGove行きの飛行機に乗ってYirrkalaへ向かうというかなり強行スケジュールだから早めに宿に帰った。
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by earth-tube | 2006-05-23 13:00 | 店長の日記