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改良されたディジュリドゥ・ソフトケース
b0021108_11413146.jpg今回ディジュリドゥ・ソフトケースを作り直すにあたって、力がかかりやすい部分を補強する「力布」やステッチの方法、バックルメーカーについてなど、友人の佐藤さん(この道のプロ)に協力してもらって様々な改良点を加えた。前回からの大幅なバージョンアップで、作業工程もかなり増え、サイズの正確さにかなりルーズなこちらの工場も、なぜか社長のやる気によって管理体制が向上し、製品そのものはかなり良いものになった。コストは大幅にアップしましたが、お値段はそのままです。

1. ショルダー・ストラップ
僕自身自分の演奏の時にも使っていて、長時間持って移動する際に、やはり肩に対するフィット感が少なく、肩ですべって何度も背負い直すという事が多々あった。そして家に帰って服を脱いで肩を見れば、荷重がかかりすぎて赤くなっている事も少なくなかった。

b0021108_11454929.jpgそこで、まずは使用感を向上させるためにショルダー・ストラップを改良することにした。写真のように肩にあたる部分にはかなり厚めのやわらかいクッションをいれ、ケースのフィット感を増すために、体にケースをひきよせれるようにしました(ストラップで調整可能)。これでケースと体との間に隙間ができにくくなり、すべりにくくなりました。フリーサイズもS〜XLのものも全てこのストラップが採用されています。


2. ボトムとトップに使うクッション
今までのケースは上下にスポンジを2重にしてケースを地面に置いた時に、「コン!」とならないようにしていた。それでも置くときはある程度そーっとおかないといけなかった。不意にぶつけた時には少し気にやんだりすることもあった。

b0021108_11523254.jpgそこで、従来のスポンジの2倍以上の厚みのあるものを用意した(写真参照)。この厚みだと上から金槌でたたいても下にあたる事はない。この厚みと堅さを感じさせるほどの強い弾力性のスポンジをボトムに2重、トップに1重使いました。気軽にドンっと置いてもイダキが直接地面に触れることは絶対ありません。


3. バックルを変更
b0021108_11495581.jpg一番問題だった壊れやすいバックルを日本製のNifcoのものに変えました。特に荷重のほとんどがかかるであろうショルダー・ストラップには50-60kgの重量に対応しているバックルを使用しました。この部分の縫製方法にも工夫をこらし、この部分のサンプルは何度も作り直し、工場の人も「これは厚みがありすぎて縫えない」と言うのを何度もやりとりをして、結果的にいいものになった。

b0021108_11553341.jpgまたソフトケースに6箇所ついているケースを締め付ける小さなバックルもNifco製になっています(フリーサイズは従来通り)。バックパックにこのバックルを900個入れてかついだ時には、正直出発をとりやめたくなる重さだったが、できあがってみるとその苦労も吹き飛ぶほどいい仕上がりだった。



4. 力布と縫製の改良
b0021108_1157733.jpg重量のあるディジュリドゥをケースに入れて持ちあげる時、どうしても一箇所に荷重がかかりすぎて、布がやぶれたりすることがあった。それを改良するために、力がかかりやすい所には中に「力布」を入れ、縫製を2重にすることで製品の強度を上げました。写真は、取手部分。この下にも力布が入れてあります。

b0021108_1222963.jpgまた、最も重力がかかるであろう肩のストラップの縫製には最も注意をはらいました。力布をはさむのはもちろん、縫製に指示を細かく出し、この部分では様々な工夫がされています。この工場の社長はかなりこの部分を丁寧に作ってくれたので、自身満々にケースに片足をつっこんで「俺を持ち上げてみろ!」といい、持ち上げた後、「どうだ!この仕上がりは」と誇らしげな顔をしていた。いや、そこまでの荷重は考えてませんって.......。

残念ながら今回考えていたブラウンは今までの焦げ茶のような色合いの素材がなく、うすめの茶色しかなかったため、製作を見送った。汚れにくいという点でやはり黒が一番長く使える色だとは思う。販売は船便によるが、7月頃になるのかな。

このバージョンのソフトケースは、各サイズ数量が限定されています。実際にこのケースを自分で使ってみて、売れてなくなればまた次のバージョンへと試行錯誤をしたいと思う。ご要望などがございましたら、このブログにドンドン書き込んでください。

今回このバッグ製作にあたって、かなり細かいアドバイスをしてくれた佐藤さんに感謝!!!!!!!
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by earth-tube | 2006-05-29 12:10 | 店長の日記
ひとまず
ここまでで、今回のアーネムへのトリップはおしまいです。短期間だがやたら濃厚だったように思う。またDjalu一家との関係も、もう互いにあまり気を使わない感じになり、かなりのんびり過ごした。

今僕はバリ島にいる。すでに書いたがディジュリドゥ用ソフトケースを作るためだ。今回、できあがりはかなり良い!残念ながら色がそろわなかったため、今回は黒一色のみ。今後また詳細をアップする予定です。「かつぎやすさ」と「イダキに対する保護性」が格段に向上しました!6月末か7月頃発売予定です。

ブログの新入荷イダキのページで前回紹介した楽器の写真を数点追加しました。
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by earth-tube | 2006-05-28 18:40 | 店長の日記
旅立ちはバタバタ
b0021108_18251322.jpg出発の日の朝、町から中古のソファーを買って来た。昼頃になると急に娘のLinaと奥さんのゴルピアが、すごい勢いでそのソファーを入れる場所だけを掃除し、部屋に入れる。写真は座ってご満悦の二人。Djaluのイダキは体調のせいもあってなかなか製作作業が進まず、この日の午後に娘のセルマがペイントをしている。すべてがギリギリだ!全てのイダキを持ってアートセンターに行き、Randyに渡す。

Djaluはセレモニーに使うようにイダキを1本アートセンターからもらってきて、Ski Beachにもどるやすぐにその内部を削り出す。夕闇がせまってきて、もう出発の時間が近づいている。それでも淡々とイダキを一緒に削りつづけ、できあがって「おい!これ吹いてみろ!」と手渡される。一曲演奏するとDjaluはニヤリと笑った。

作業が終わるとまだ汗だくなままなのに、「もう空港へ行くぞ!」とラリーが家から出て来た。僕が着ているのはMirarraにもらったGopuシャツ.......、しかもイダキ作りでドロドロ。スチュワーデスもさぞかし気分を害しただろう、この薄汚い日本人に。

(注). ここで使われているヨォルングの写真は使用許可をとって掲載しています。無断転載は絶対にしないでください。Permits for using all pictures on this page are from each artists. Copy rights belongs to each artists. You can NOT use on any public use.
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by earth-tube | 2006-05-28 18:25 | Yirrkala周辺
ヨォルング・マタ漬けで?????
今回最大の驚きは、今まで大人も子供も英語で話かけてくれていたのに、ほとんどといっていいほどヨォルング・マタでしか話してくれなくなっていたことだ。何故!????「もー、こいつはえーやろ」っていう扱いになったのか?かなり簡単な事しかわからないので、基本彼等が全く何を言うてるのかわからない。

なんじゃこりゃ!唯一女性陣は通訳的な事をしてくれたり、言葉の解説をしてくれるのでなんとかいけたが、こりゃ大変だ。次回にむけて本気で勉強せんとやばいかも。しかし、彼等のこういうわけのわからないスイッチ感にはいつも驚かされる。

b0021108_18154346.jpgそうこうしている内に別れの日が近づいて来た。滞在中に「ヨォルングのちゃんとしたBilmaを持ってないから作ってほしい」と頼んでいたが、忘れてしまったのか誰も作ってはいなかった。出発の日、Djaluがやけに使用感のあるBilmaを無言で手渡してきたので、コンコンっとたたいて「えー音やね」って返したら、「おまえのだ」と言ってグイッと前に突き出した。

その何気ない渡し方に猛烈にDjaluらしさを感じて胸がつまる。言葉をなくしたので、胸にBilmaをあてて感謝の意を表した。今回体調が悪いためあまりイダキを作ることができないのを気にしてか、彼のプライベートの楽器も譲ってくれた。なんとアメリカ製。吹き口をナイフで広げて加工をほどこしているあたりDjaluらしい。

葬儀や日常的に演奏するのに使われていた楽器で、滞在中もNinanina Gurruwiwi、Nicky Yunupingu、そしてDjaluファミリーの男達全員が吹いていた。今後、Earth Tubeのイダキ・コレクションのページで、Djalu自身が演奏しているサンプル・サウンド付きで紹介する予定です(許可はいただいている)。今回このイダキ以外に、Ski Beachで直接手にしたイダキは、Djaluから1本、ラリーから1本、Mirarraとラリーの合作が2本、いずれもかなり良い。誰がどこまでどうやってイダキに関わったかがはっきりしている点、4本ともレアな楽器だと言える。

今回オールド・スタイルのイダキ演奏について、Djaluに色々聞き、学んだ。一体現代のヨォルングのイダキ奏者とどこが違うのか、それを明確な言葉で説明するのはヨォルング自身でさえ難しいのかもしれない。夜のビーチでCDプレーヤーを持ち出して60年代の音源をDjaluと共に聞き、あーだこーだ話したが、結局明確な回答を得ることはできなかった。

b0021108_18205545.jpgそれでもそれらの曲を実際にDjaluが演奏してくれたり、同じ曲の違うバリエーションを演奏してくれたりしたので、実際に耳で直接イダキの音を聞けて何やらハッとする部分があった。使用許可をもらったので、Djaluのプライベート・イダキのサンプル・サウンドにはその中からセレクトされた1曲が公開される予定です。お楽しみに。写真は曲の説明の中で出て来たインドネシアのMacassanが持ち込んだタマリンドの木。Djaluの家の近くに生えていた。
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by earth-tube | 2006-05-28 18:22 | Yirrkala周辺
血脇肉踊るフットボール大会
b0021108_1883299.jpg次世代をになう若きイダキ・マスター、ラリーことWiniwini Gurruwiwiの趣味は、ビデオ鑑賞、ラブソング作曲・歌唱、そして何よりも力を入れているのがフットボールだ!!!家の外に巨大スピーカーを運び出して、大音量でキーボードを演奏しながら唄うことは有名だが、彼の最大の趣味のフットボールについてはあまり知られていない(写真は最近購入のビッグステレオ。耳が痛くなるくらい音がでかい)。

今年の4月に30才になったラリーはいまだ現役バリバリのフットボール選手で、現在彼が所属しているGumatjクランのチーム「Gopu」のナンバー2のキャプテンをしている。毎週火・木とNhulunbuyの町はずれにあるフットボール場で練習し、土曜には試合をしている。

Nhulunbuy周辺のフットボール・チームは全部で4つあり、ラリーの所属するSki Beachを拠点にしたGumatjクランのチームGopu(ゴォポォと発音する:魚の名前)、Yirrkalaを拠点にしたRirratjinguクランのDjarrak(ジャラック:かもめ)、同じくYirrkalaのDhulkayクランのGuykal(グゥイカル:イルカ)、そしてNhulumbuyの町に住むバランダ(白人)のチームSaintsだ。

土曜のお昼をすぎた頃から段々スキービーチが騒がしくなってくる。Gumatjと書かれたエアポートシャトルバスよりもでかいバスが現れ、選手をのせていく。そして、Djalu一家はと言うと11人乗りのトゥルーピーに大人も子供も乗れるだけ乗って大移動。Djaluもお気に入りのイスを折り畳んで車に積み込む。車内は子供達の叫び声と泣き声が入り乱れてもうめちゃくちゃ。

b0021108_1810216.jpg試合にはDjaluの家「ハウスNo.6」からはラリー(背番号17)とダミアン(背番号6)、そしてMirarra(背番号2)も出場している。Milkayもこのチームに所属しているそうだが、この日はレンジャーの仕事で欠席。インターセプトやゴールを決めるたびに、ファミリーの雄叫びがあがる!「おい!今のトラベリング。ほれ!ちゃんとつかめ!」とか言ってめたくそに盛り上がっている。

ふと気づくとDjaluの周辺にMonyuの一族のGalpuが集結している。すげぇなぁと感動しながらふと横を見るとピカピカのToyotaが横付けしている。中にいるのはYothu YindiのボーカルのMandawuy Yunupingu。ゴールが決まるたびにクラクションを鳴らしまくっている。

b0021108_18123172.jpg結局ラリーも3ゴールを決め、GopuがSaintsを下した。帰りの車内はぐったりした子供をよそに火が覚めぬ大人達が熱く、「あのプレーはどうだ」とか語り合っていた。Bunggul以外でこんなに盛り上がるヨォルングを見たのは初めてだった。正直ルールもなにもわからなかったが、野球を知らなくても甲子園球場の外野席で阪神vs巨人戦を見たらやけに盛り上がるのに似た高揚感があり、Gopuのメンバーのゴールを決めるたびに奇声を発している自分がいた。(写真はMirarraと交換したGopuタンクトップ。その場で一緒に着替えたが、肌の白い日本人のタンクトップの似合わない事この上ない!一緒に並んで写真をとったのを見て吹き出した!)
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by earth-tube | 2006-05-28 18:13 | Yirrkala周辺
Djaluの想いえがく未来へ
b0021108_18032100.jpg2年前にSki Beachを訪れた時には、Matamataアウトステーションの近くにあるGalpuの土地Gi'kalにファミリーと共に行き、ゆくゆくはここにDjaluの父親であるMonyuの子孫の一部が集まって住むという事を計画していた。けれど、電気や住宅の問題がなかなか進まず、計画は頓挫してしまっていた。

b0021108_1815451.jpgある晩、たき火を囲んで新たなDjaluの展望を聞くことができた。Elcho島から船で一時間ほどのWessele諸島の一つララカラ(スペル不明)に移り住む計画があるという。この土地がDjaluのものであるという事を法律的に調停書にサインされ、そこに政府の協力で空港や住宅の建設、舗装路の整備、訪問客のためのホステルの設置などが行われるそうだ。

もともとは別のクランの人々が住んでいたが、今はそのクランの人はみな亡くなってしまい、第二次世界大戦前にDjaluの父親Monyuがそのクランの土地やManikay(唄)を引き継いだ。現在は、Monyuの一族の現在の長兄であるDjaluがその土地を受け継いでいる。

今度は施設を政府が作ってくれるので、設備が整いさえすればララカラに移動するそうだ。Djaluは何度となく、この新しい彼の計画を聞かせてくれ、「日本のみんなにインターネットで知らせてもいいか?」と聞いたら、うれしそうな顔をして「Manymak(Good)!」と答えてくれたので、ここにDjaluに代わってそのストーリーを紹介しています。

b0021108_1823848.jpg騒がしいSki Beachを離れ、穏やかな生活を夢みる彼の気持ちは切実だ。そしてその土地でなら、よりヨォルングらしい生活を自分の子孫に残せるのではないかと思っているんじゃないだろうか?Djaluのその想いが若いジェネレーションにうまく伝わったらいいなぁと心から想う。(写真:右からDjalu、Winiwini、Babamicoと3世代に渡るイダキ・マスターの図)

ーDjalu Gurruwiwiに敬意をこめて 2006.5.21(sun) at Ski Beachー

(注). ここで使われているヨォルングの写真は使用許可をとって掲載しています。無断転載は絶対にしないでください。Permits for using all pictures on this page are from each artists. Copy rights belongs to each artists. You can NOT use on any public use.
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by earth-tube | 2006-05-28 18:04 | Yirrkala周辺
アーネム・ランドでタクシー・ドライバー
b0021108_23422111.jpgDjaluの家の車はアーネム・ランドで最もポピュラーな「TOYOTA Landcruiser Troopcarier(通称トゥルーピー)」で、後部座席が横向きになった11人のりの四駆だ。ちゃんと名前がついていて、その名も「ムチャランジャル(ヨォルング語表記が不明のためカタカナ:イルカ)」で、Djaluを知る人はなぜかみなこの車の名前も知っていて、「ムチャ」と短縮して呼んだりしている。

最近、腎臓結石の手術をしたDjaluは車の運転を医師から止められていて、一家で免許を持っているラリーとその嫁のLeona以外は車を運転できない。そこで、Djaluが用事がある時はいつも運転手をさせられるという事になった。

事故を経験しているせいか、ヨォルングが車の整備というものをほとんどしていないのを知っているせいか、一回目の運転は多少ドキドキした。慣れて来ると、どこまでも運転できるような気がしてくるから怖い。けれど、さすがにダートだけは遠慮した。自分の命もさることながらDjaluの命のためにも.......。

車の運転をまかされることによって、24時間Djaluと共に過ごすことになり(寝てる所も一緒)、彼のかなりプライベートな事にまでつきあい、それがやけにおもしろかった。ここではその内容は公表できないが、ある出来事を通じて、Djaluがヨォルングの独自の文化を存続させることを強く願っていることを改めて痛感した。

DjaluはBunggulでの自分の演奏を録音したテープを残していたり、Ski Beach以外にファミリーが住む場所を模索したりなど、70才を越えてからの彼の大家族に対するアプローチは、目覚ましい。自分の子供達にヨォルングの文化とGalpuクランのインディペンデンスを守ってほしいというDjaluの切実な願いは、よりいっそう強くなっているように思う。

Djaluファミリーのおかかえ運転手になったようで妙な気分だったが、いろんな場所に一緒に行ったり、そこで起こったハプニングもいい経験だった。しかし、車の中にまでゴキブリがいるのにはまいった。
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by earth-tube | 2006-05-27 23:44 | Yirrkala周辺
Ski Beachの眠れぬ夜
b0021108_23313735.jpg僕がSki Beachを友人と訪れる時は、砂浜にテントを張って寝る。この場合は、夜中になると急に野生化する放し飼いの犬達と、夜中になると暴れ出す酔っぱらいの叫び声やけんかの声が気になって眠れない事が多々ある。(写真は夜中に現れたケーン・トードというカエル。海外から害虫駆除のために持ち込まれたが、体内に微量の毒があり、クロコダイルなどこのカエルを食べた動物を殺してしまうため、問題が起きている。)

一人の時は、Djaluの家に泊めてもらう。この場合は大量のゴキブリと、夜中に無理矢理家に入って来て、食べ物を持って行く酔っぱらいや、7人もいるキッズ達がけんかして泣きわめいたり、動き回ったりする音に悩まされる。

一人で来るのは2年ぶりで、このワイルド感はすっかり忘れていた。宿泊初日は全くプライベート感の無い事と、普通の神経では眠れないであろう絶え間ない人的騒音にドギマギした。けれど、二日目にはすっかり慣れてマイペースにSki Beachの夜の世界を楽しんでいた。

ところが、三日目の晩。すっかり熟睡している所に巨大ゴキブリが右手から這い上がって顔までやってきた時にはびっくりした。日本ならゴキブリをはらって、飛び起き、電気をつけて、一悶着になる所だが、パッとゴキブリをつかんで、床に放ってそのまま眠った。

そして今度は毛だらけの物体が脇の間に入ってきた。これはさすがに大きかったのでドキっとした。Djaluの家でかってる猫のシンバだった。冬場の猫ならかわいいもんだが、ここは一年中暖かいSki Beach。寄り添ってこられてもナマ暖かくて気持ち悪い。しかも、たくましいことに振り払っても振り払ってもマットレスの上にのぼってくる。

あきらめて眠りかけた頃、今度はとなりのおじいちゃんが「めしくれ〜!」とやってきた。この浅い眠りの連続はさすがにまいった。一度眠ったヨォルングの子供がなかなか起きない理由がなんとなくわかったような気がした。
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by earth-tube | 2006-05-27 23:32 | Yirrkala周辺
イダキ・メイキング
b0021108_23184778.jpgブッシュに行った日はシェイプをせず、あくる日の昼頃、ラリーは一番気に入っていた木をシェイプしだした。生木の状態でほとんど加工をしなくてもいいような状態だったが、内部の空洞をノミで削るのに結構時間を使っていた。そして作り出した頃「Dhangu Manymak Baywarra(これはいいBaywarraになる)」と何度もDjaluに話かけたりして、やけにテンションが高かった。こういう時のラリーはかなり期待できる。

そして、実際できあがってみると音に深みがあり、音域が広く、ダイナミックなサウンドが鳴るのにバックプレッシャーは高く吹きやすい。長身でマウスピースのサイズもほどよく、Galpuクランだけにあるライトニング・パワーのイダキ「Baywarra」らしさをしっかり持っている。結局ラリーが作ったのはこの1本だけだった。ペイント以外、サンドペーパーがけまで全ての行程をラリー一人でやっていた。

Djaluは体がきついようで、Mirarraが手伝いに来て、ラリーがカットしたもう1本を削り出した。みるみる間に1本作り、Mirarra自身のコメントによると「Dhuwala yirritja yidaki. Ngarraku one. Burarrwanga ya.(これはイリチャのイダキ。俺の方のイダキだ。Burarrwanga Gumatjクランの楽器だよ。)」そのコメントとおりで、前述のラリーの作ったイダキとは全く違ったテイストで、F#/Gという高いピッチで、ドライでダーティーな音色が特徴的。中の空洞は狭く、この音色のイダキ特有の形状をしている。のど元を使ったプレイを明確に反映してくれる。

b0021108_23204365.jpgスピーディーに1本作り終えると、Mirarraは次のイダキを作りはじめた。今度のはラリーが作ったのとかなり似た感じのイダキで、ディープで音域が広く、舌をダイナミックに動かすことによってより激しいサウンドになる。このイダキもラリーの楽器同様かなり吹きやすい。できあがったこのイダキを後でラリーが吹いて、「これ、俺がカットしたやつだな。Manymakだろ?」と言っていた。


b0021108_23231326.jpgDjaluは今回1本だけカットし、ブッシュの中で一人ノミをふるって作ったイダキがあり、途中まで意欲的に作っていたのだが外側を削っていて穴があき、エポキシボンドがその場になかったため作るのを一旦やめた。修理が済むとリッチでディープなDjaluらしいサウンドになり、特にマウスピースの作り方などは彼独特の形状ですばらしい。ペイントは娘のセルマがGalpuの最も重要なトーテムの一つ「Dhatang(Water Lily)」をきれいに描いてくれた。ベースは最近では珍しいオーカーだ。

今回はラリーが自分でカットしてペイント以外の全てを一人で作ったイダキが1本。そしてカットはラリーでシェイプはMirarraのイダキが2本、と合計3本を一緒に作ることができた。といっても僕は全くノータッチで、手伝ったのはノミを使う時にイダキを押さえる程度。

他にも奥さんが自分で作った楽器や、娘さんの楽器、そして奥さんがカットしたイダキもあった。このような楽器もひっくるめてDjalu Gurruwiwi作として売られているのが現状だ。そしてラリーの楽器もその中にまぎれているのだと思う。そういう点では、ペイント以外の全行程をラリー1人でやったイダキは貴重だろう。そして健康状態が良くないにもかかわらず、すばらしい1本を作ってくれたDjaluに感謝!

(注). ここで使われているヨォルングの写真は使用許可をとって掲載しています。無断転載は絶対にしないでください。Permits for using all pictures on this page are from each artists. Copy rights belongs to each artists. You can NOT use on any public use.
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by earth-tube | 2006-05-27 23:29 | Yirrkala周辺
イダキ・カッティング
日本から電話でラリーと話して「一緒にイダキを作るで!」と伝えたかいあってか、珍しくラリーから誘ってきて、彼が車を運転してDjaluと共にブッシュへ向かう。いつものRainbow Cliffだ。既にスポットを前もってチェックしていたみたいで、Djaluが指差してどこに行くかラリーに伝えている。

雨期明けで地面には湿り気がある。この時期、ストリンギー・バークの木は水分をかなり吸い上げているらしく、樹皮がペリペリと簡単にはがれる。まだ時折雨が降る曇り空の時もあるとはいえ、気温の高いブッシュの中を歩き回ってイダキを切るのは相当体力がいる。みんな汗だくになって水をガブガブ飲んでいる。

スポットを3回変えて歩き回ったが、Djalu自身手術後で体調もかんばしくないので、彼はほとんど動かず、結局カットしたのはラリー、奥さんのゴルピア、娘のLinaで計8本。内3本がラリー。カットしたその場で吹いて音が鳴るものばかりで、どれもかなり良い状態のものをカットしていた。

b0021108_17153861.jpg2001年にラリーに会った時、イダキ作りの技術的にはまだ未熟な印象だったが、積極的にイダキを作っていた。しかし、最近ではラリーがイダキ作りをすることは珍しく、今回のように自分から声をかけてくるのはひさびさだったのでうれしかった!この後、ラリーがカットした木がどんなふうにチューニングされていくのか楽しみだ。
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by earth-tube | 2006-05-25 17:16 | Yirrkala周辺