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Nicky Jorrokへ、哀悼の気持ちをこめて
ブラブラ日記の出口くんが書いた「Nicky Jorrokへ、哀悼の気持ちをこめて」をアップしました。出口くんは「マイ・ベストフレンド」とNickyが言うほど、交流が深かった。出口くんのNickyへの想いに溢れた文章です。是非一読を。


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by earth-tube | 2006-06-21 16:35 | Earth Tube更新情報
グッバイ・ニッキー!
音やにおいの方が映像や文字よりも、より力強く深く記憶に刻まれることがある。

僕の場合、特にディジュリドゥのサウンドとその演奏者のパーソナリティーが一つになってイメージとして心に残ることがある。Nicky Jorrockもその一人だ。

彼に会おうとしたのはCD「Rak Badjalarr」を聞いた後で、2001年だった。コミュニティに直接電話して彼とのアポイントをとり、Mandorahビーチでひたすら彼を待った。その時彼はあらわれず、「いつか彼の生音を聞いてみたい」という想いだけが残ったのだった。

そしてその後、出口くんがNickyと会ったという連絡をもらい。ともにBelyuenコミュニティを訪れて、その時はじめてNickyの音に触れた。力むことなくシレッと吹き始めた彼が鳴らすサウンドは、北東アーネム・ランドのイダキとは全く違う、滑らかで美しい倍音のきらめきが、海辺に打ち寄せる波のように絶え間なくゆらいでいた。

シャイで心優しい、そしてちょっと早口なNcikyの温かな人柄がサウンドに溢れている。Belyuenコミュニティの唄もそうだが、どこかせつなくて恋慕や郷愁の想いを感じさせるNickyのサウンド。ハートウォーミングでにぎやかなBelyuenの人々。それらが僕の心を惹き付けてやまず、オーストラリアに行くたびに彼を訪ねた。

そして今日の朝、出口くんからの電話でNickyが亡くなったことを聞かされた。49才だったそうだ。Belyuenではディジュリドゥ奏者が少なく、まだまだ若い彼が今後どんどんディジュリドゥ奏者を教え、養っていくのだろうと想っていた。そして勝手ながら、そのために僕らができる手助けはなんだろうか?と模索し、いつか彼を日本に呼びたいと想っていた。

Nickyが亡くなったという事実は、胸が押しつぶされるようなせつなさと悲しみをいやおうなく僕につきつける。けれど、彼の倍音のきらめきの一粒一粒が僕の心の中でぼやける事なく、はっきりと響き続けている。

僕の敬愛する大漫画家手塚治虫が亡くなった時、筒井康隆氏とだれかの対談で、「手塚先生の漫画に注ぎ込んだエネルギーはどこにいったんだろうか?」という問いに、筒井氏が「それは読者の心の中に行ったんだよ」と答えた事がハッと頭をよぎった。

「Nickyのサウンドは、直接彼に会った人だけではなく、CD『Rak Badjalarr』を聞いたみんなの心に響くんだ」そう想うと、現世からスピリットの世界に旅立ったNickyがいつもの輝くような笑顔で笑っているような気がした。

グッバイ・ニッキー!そしてありがとう!僕の心に決して消える事のない彼の倍音がいつも鳴り響いている。
-2006.6.20 Nicky Jorrockへ感謝と敬意をこめて-

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by earth-tube | 2006-06-20 20:13 | 店長の日記