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Djalu' Gurruwiwiのイダキ・カッティング
昼の1時〜夜の8時頃まで続いたBunggul(儀礼)の音が、朝起きても頭で鳴り響いている。昨夜のRirratjinguクランのManikay(唄)の伴奏をしていたイダキ奏者は、CD「Gobulu」などで知られるYothu Yindiに所属するMalngay Yunupinguだった。

儀式の場でイダキを演奏する人たちにはどこか共通している所がある。音量がそんなにでかくない。脱力して演奏している。頬や喉がだるだるでリラックスしている。などなど。そりゃ7-8時間に及ぶ儀礼の場で連日イダキを演奏すれば誰でもそういう感じになるかもなぁと毎回思うのだが、あの境地にはなかなかたどり着けない。

b0021108_13174550.jpgこの日の午後、かなり日差しがきつい中、Djalu'・Dhopiya・Winiwiniらでもっともお手軽なブッシュRainbow Cliffにイダキ・カッティングに出かけた。4月7日の段階では、週一回ほどの周期でザァーッと激しい雨が断続的に降るちょうど雨期の終わりギリギリという感じだった。ブッシュの中は植物達が力強く、乾期は全体的にグレーという色合いなのだが、新緑の黄緑色にあふれていた。

いつも最初のイダキ・カッティングはDjalu'につきあって、彼の体調や彼自身に触れる。なぜか何もないブッシュの中では、人間そのものをすごく感じやすい。Djalu'のあとを歩いているだけなのにアニメのブタのようにドクドク汗をかく。彼の大きな背中を見ながら、すでに76才(パスポート上)のDjalu'よりも体力ないんじゃないかと思った。

すでに雨期は終わりに近づいているのか、空気だけはやけに乾燥していて唇がかわく。最後らへんはちょっと歩いては「Gapu ga(水をくれ)」といってそこらへんに座り込み、しばしぼんやりとブッシュの中を眺める。コーン、コーンと斧をふるう音が遠くから聞こえる。「ブルルルルー」突然Djalu'が音の鳴る方を見ながら言った。そして繰り返し「ブルルルルー」.....。

彼の方を見つめると、「イダキになってる木をたたくとこんな音がするんだ」と言う。斧の頭で木の幹をたたいてイダキかどうかを調べる時、彼はこんな音を聞いてるんだなぁと自分との聞こえ方の違いにびっくりしつつ、まるで精霊と語り合うかのようにイダキを見つけるイダキ・マスターの世界観に心動かされた。

この日はDjalu'はカットすることができず、最終的に嫁さんのDhopiyaが2本。息子のWiniwiniが4本カットしていた。7年前彼に会った時は精力に満ちあふれていたが、ここ最近はおじいちゃんらしくなってきたなぁと感じるようになってきた。けれど、よく考えると76才でブッシュの中を駆け回っている。それだけで奇跡的!
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by earth-tube | 2008-04-25 13:18 | 店長の日記
いきなりはじまった葬儀
b0021108_20185637.jpg翌朝、目が覚めると犬とバッチーンと目線が合う。床に直接マットレスを置いて寝ているので、目の前で寝ている黒い大きな犬の姿が目に飛び込んでくる。Djalu'の所で放し飼いになっている4-5匹いる犬のボスだ。「おまえが夜中にカリカリカリカリ足をコンクリートにこする音で目が覚めたんだよ!」という念を送るも、面倒くさそうにちらっと上目使いに見て「なんのこと?」ってツラをしている。(写真はラリーの犬。俗名「アーミーカラー」)

顔を洗って、彼らがヨォルング・カップと呼ぶかなり大きめのホーローのカップに、ティーバックとたっぷりの砂糖と粉ミルクをつっこんでお湯を注ぎ、そしてすぐ飲める温度にするために最後に水を足す(これがいかにもアボリジナルらしい)。これがヨォルング式の朝のはじまりだ。日本で自分が紅茶を飲む時には、決してこんな紅茶の入れ方はしないのだが、インド同様、暑い場所ではなぜかこういう濃くて甘い紅茶がうまいから不思議だ。

カップを片手に家の前にひろがる浜辺に歩き出し、すでに起きて浜辺の木陰にイスをおいてすわっているDjalu'の横に座る。するとおもむろに「今日は昼からYirrkalaで葬儀がある。Mokulが亡くなったんだ。」と言う。こういう時にいつも感じるのは、彼らは身内が亡くなった時に気落ちしてふさぎこんだりせず、なぜか妙にあっけらかんとしているという事だ。死者の魂魄がこの世に再来することを信じているアボリジナル文化ならではの感覚なのだろうか.....と不思議に想う。

昼すぎには6人乗りのランドクルーザーにつめこめるだけ人をつめこみ、ワゴンタイプのタクシーを呼んで、ゴザやイダキをつみこんでYirrkalaに向かった。現地に着くとすでに演奏をしているグループがあったが、その場所ではなく儀礼の中心に近い所にDjalu'は陣を取った。後から聞いた話によると、先にきていたのはRirratjinguクランのグループだったそうだ。離れた所でRirratjinguのManikay(唄)とYidakiが演奏され、目の前ではGalpuの面々が自分たちのManikayを唄っている。

儀礼は日が沈んだ後も続き、Bunggulmi(ダンサー)たちのかけ声と、ソングマンの唄声、そしてYidaki奏者の演奏には徐々に熱が帯び始め、クライマックスでは激しく壮絶なダンスが......。その内容をここで書くことはできないが、死者を弔うという事にこれほどまでにエネルギーを使うヨォルングの人たちをどこかうらやましく想った。

この時にDjalu'が持って行ったイダキは、ラリーが作ったイダキでピッチはF#/Gだった。そしてもう一本、マイケルという白人の私物のDjalu作の古いイダキ(4-5年前)で、ピッチはD#/E。その後、このイダキに大きな変化が起きる......。
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by earth-tube | 2008-04-24 20:21 | 店長の日記
ヨォルング・タイムっすね
Goveの空港についたのは夜。空港で荷物をピックアップしようと待っていると、見知ったヨォルング・キッズたちが抱きついてきた。Djalu'ファミリーのみんなが空港まで迎えにきてくれていた!!セルマの息子のヨーチンやラリーの息子のババコや娘のシャーナとヨーカラ。たった半年ぶりなのに大きくなっている!

前回訪れた時にはGroote Eylandtに行ってて会えなかったVernonもいた!はじめて会った時はジャクソン5の頃のマイケルのようなキュートな少年だったが、身長もぼくとほぼ同じになり段々男っぽくなってきていた。「みんなにVernonは何してるの?って聞いたら、Grooteに女を探しに行ってるって言ってたで」と言うと、恥ずかしそうに「ちがうちがう!!みんなからかってんだ!」って答えてたけど.....どうもいるらしい。

Galuruに着くと出迎えてくれたうれしい顔があった。以前にディンカム・オージー倶楽部で働いていた林田遼平くんだ。すでに2週間ほどステイしているらしく、ファミリーの近況を聞いた。彼が着いた当初、車が壊れててイダキ・カッティングにはあまり行けてない。そしてDjalu'が作ったイダキは1本だけあって、それはDjalu'が「儀式で使う用に作る」と言いながら作っていたそうな。またラリーが作ったのも1本だけあるそうだ。

日本から何度も電話で「今回は10本以上買うから作っておいてね。」と伝えていたのだが、やっぱり......。しかも出発前々日に電話した時には、遼平くんがいることには全く触れていなかった。遼平くんも電話で行く日をDjalu'の妹のDhangalに伝えていたそうだが、当日来てみたら、誰一人として彼が来ることを知らなかったという......。一瞬、気が遠くなったが、「いやいやヨォルング・タイム、ヨォルング・タイム、こんなの普通やね。」遼平くんと笑いあう。

Djalu'に会うと御年76才になるのに相変わらず元気そうで、ホッとする。そして彼独特の人を安心させる暖かさに触れ、やっぱりこの人に会いに来たんだなぁとしみじみと想った。話をしているとYirrkalaに住むDjalu'の実の妹が亡くなり、明日から葬儀が始まるのだという。そしてGaliwin'kuでも弟が亡くなり、葬儀待ちだという。ヨォルングの葬儀は参加する各クランと相談しながら決まるのだが、だいたい1週間以上続くこともざらだ。しかも葬儀は日がな一日中続く。「これは一番忙しいタイミングで来ちゃったなぁ」と思いながらも、ハプニングではじまったこの旅が、さらなるハプニングへと導かれて行く予感に満ちあふれて、Djalu'のとなりのベッドに横になった。
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by earth-tube | 2008-04-23 13:41 | 店長の日記
ケアンズ ートラブルは続くー
5時間遅れで関空を出た飛行機がケアンズについたのは、予定通りにいけば朝6時30分のはずがきっちり5時間後の11時半!ゴーヴ行きの国内線が19時発なのでケアンズの街にいれるのはGove行きの飛行機の出る2時間前の5時頃まで。空港で荷物をあずけ、急いでトラベラーズ・チェックを換金しに街に出かけた。

街につき、銀行に行くと閉まっている!土曜日で12時までの営業だったのだ!こんな所で飛行機の5時間遅れにたたれる。いったんアーネムに行くと車がないため、Djalu'の住むGaluruから町に出るにもタクシーで片道$25とやたらお金がかかる。だからケアンズで換金しておきたかったのだが....

気持ちを切り替えて食料品などを買う事にした。というのもGove(Nhulumbuy)は生鮮食品やお肉など食料品から雑貨まですべて物価が猛烈に高いからだ。陸からのアクセスが非常に難しいGoveには、ほとんどのものが貨物船で届けられる。そのため食料品から生活雑貨にいたるまでそのほとんどに輸送量がかかっている。つまり、Goveの物価は恐ろしいほどに高い!日本で買うものの大体1.5〜3倍ほどの値段になっているものもざらで、為替レート次第ではもっと恐ろしいことになる。のり巻き用のノリが10枚入りで$7.5(約720円弱)、きゅうり1本$3.5(約330円)という価格を聞けば納得いただけるだろう。

b0021108_20544134.jpg食料品を仕入れ、ほんの一時のケアンズを楽しんだ。ケアンズの町中には新鮮な野菜や果物が並ぶマーケットがあったり、Torres海峡諸島の人たち、アボリジナル、白人、観光客、アジア人など多種多様でにぎやかだ。そして今から向かうGoveではほとんどの時間をヨォルングの人たちと過ごすことになる。トロピカルな気候は近いのに、Goveと対照的なほどに開かれた都市ケアンズをあとにGove行きの飛行機に乗った。
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by earth-tube | 2008-04-21 20:56 | 店長の日記
ノー・モア・トラブル!
前回アーネム・ランドに行ったのは2007年9月で、出発する日に食べたおにぎりにあたって食中毒に見舞われ、「発熱、めまい、下痢」の三つ巴。しかも関空に向かうJRが踏切事故で随分早く家を出たにもかかわらず、ギリギリのチェックインというとんでもない旅のはじまりだった。この時の苦しみと飛行機に乗れないかもしれないという焦燥感は、強くぼくの記憶に残ったのだった.....。

そこで、今回は出発前の食事にも気を配り、JRではなく南海電車を利用して時間もたっぷりと余裕をとって、早めにチェックインし、出発ゲートのイスに横になって手荷物を枕に悠々と読書を決め込んでいた。ここまで来ればあとはタイムスケジュールどおりに早朝6時30分にケアンズに着き、その日の晩にはDjalu'の所に着く。そう思うと、安心感とDjalu'ファミリーに再会する喜びで、本を読んでいてもその内容は僕の脳みそを通り抜けていくようだった。

b0021108_1342299.jpg今回フライトに選んだのは22時05分発のケアンズ行きのジェット・スター。サービスを少なくする代わりに格安料金を実現したカンタス航空の子会社だ。機内食をつけると片道6000円もかかるため、注文せずに弁当とスナックを自分で用意したりして、片道7時間の旅を満喫するつもりでいた。


搭乗予定時刻が来ると日本語でアナウンスが入り、30分ほど出発が遅れるとの事。「悪天候でもないのに飛行機の離発着でも時間が遅れることってあるんだなぁ」と待つ事30分。今度はさらに1時間遅れるという表示が出て、搭乗客にはパンとジュースが配られた。どうも名古屋で積み込み資材の搬入が遅れているらしい。出発ゲート周辺のイスには待ち疲れた人たちがグッタリとしている。さらに時間は延長され、待つ事合計5時間!関空を出たのは夜中の3時だった!

b0021108_1342516.jpg「ノー・モア・トラブル!」チカチカとまたたく大阪の夜景を窓の外に見ながら、悲壮感にあふれた声が僕の心の中にこだました。
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by earth-tube | 2008-04-21 13:48 | 店長の日記