アートセンターで買い付け
イルカラ・コミュニティ内にあるアートセンターに向かう。訪問者が多いジャルの最高レベルのマンダプル(イダキ)はなかなかアートセンターには出回らないので、ファミリーから直接マンダプルを購入すること。そして北東アーネム・ランドに点在するさまざまなアウトステーションから持ちこまれる数多くの職人の作品をアートセンターで買うのが、遠路はるばる国際線~国内線をのりついでレンタカーを借りてこの地を訪れる目的だ。
アートセンターは実質的には白人のスタッフが働くことで世界各地への販売・プロモーション・展示などを行っているが、その運営はヨォルングによるヨォルングのためのものであり、ヨォルングが持込んだものはどんなものでも買い入れなければいけないという。それゆえにクオリティ・コントロールはかなり大変そうである。

マンダプル(イダキ)もその例外ではなく、ただの棒切れのようなものから、倍音が脳を突き抜けるような衝撃を感じさせる作品までさまざま。

今回はDatjirriのテープぐるぐる巻きのマンダプルや、若者たちがアートセンターを訪れた時に使うマンダプルなど、ヨォルングの好みが強く反映された楽器などなど多数仕入れることができました。
Datjirri Mandapul with Tape


何十本もある在庫を一本づつ取り出して演奏して自分の演奏感と照らし合わせていく作業は、楽しくもあり、同時にビビビとくる楽器との出会いを切望する真剣勝負的な緊張感もある。ピックアップした楽器は再度演奏して、内部の空洞の状態やクラックやホールの有無のチェックなどをしてふるいにかける。コンディションはすごく重要視しているが、楽器のプライスはあまり気にしないようにしている。安くていい楽器よりもとにかく演奏感のすぐれた楽器を選びたい。

いつもはアートセンターを出てすぐ目の前にあるコミュニティ・ショップでハンバーガーやらポテトやらとてつもなくジャンクな食べ物を買って食べるのだが、今回はタイトな旅に胃が悲鳴をあげてしまって肉けのあるものを食べる気がしないので、ジャルの家にもどる道すがらスーパーによってミューズリー・バー(穀物・種類・ドライフルーツを四角い状態にかためたもの)を買って食べた。

イルカラ方面での目的の半分を終え、あとはジャル・ファミリーが明日のお昼すぎまでにイダキのペイントを終えてくれるかどうか.......。いつもギリギリになるので昨晩から早めにペイントに取りかかるようにお願いしていたのだけれど、どうなることやら。
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# by earth-tube | 2013-08-09 15:50 | 店長の日記
どこで誰に会うかわからない
滞在二日目、朝一からアートセンターへ買い付けに向かう。ちょっと車を走らせると強い日差しの中一人で道路わきを歩いているヨォルングがいる。途中で知り合いの車がとおりがかるからだろうか、若い人たちはノォロォンボォイの町まで歩いたら1時間以上かかりそうな道のりも平気で歩いたりする。ゆるみつつあるとはいえヨォルングの親族関係のシステムはいまだ強固で、ここでは必ずだれかとだれかがつながっている。というのもあってわずらわしいことも起ることもあるが、歩いてる人を見かけたら車をとめるようにしている。

「名前はなんての?」

「Memawuyだよ。」

「え?Memawuy?マンダプル(イダキ)職人の?ダリンの?」

「うん。そう。」
Memawuy Munyarryun
Memawuyはアースチューブでも何度か取り扱ったことのあるマンダプル職人さん。DjakapurraやBuwathay、Bandamul、Yali、Ngonguなど数多くのマンダプル職人を輩出してきたダリンブォイ出身。彼が作るマンダプルの中にはゾクっとするくらいいいものがあり、Memawuy自身がすばらしいマンダプル奏者だということを感じさせる。

いやぁ、どこで誰に会うかわからんなぁ~。「きみの作るマンダプル、本当かっこいいよ。最近みないけどまた作ってよ。」と言うと「オッケー、オッケー。」と軽い返事。今は病気の父親が町の病院にいるからこっちに出て来ているそうだ。

彼を病院でおろし、もう一人ひろったおばあちゃんを連れてアートセンターへ。彼女は自分が編んだディリーバッグをアートセンターへ売りに行くところだったらしい。イルカラのコミュニティまでの道すがらおばあちゃんはずっと「わたしゃね。Galpuクランのジュンガヤ(守護者)なんだよ。わかるかい?だから唄や儀式について若い子に教えてるんだ。」と何度も繰り返していた。

北東アーネム・ランド、どこで誰に会うかまったくわからないけれど、ジャルの息子という位置に自分が養子縁組されているだけで芋づる式にだれかにつながるっていうのはすごいシステムだなぁと思う。ぼくは人類学者ではないのでよくわからないが、ヨォルングの親族関係のシステムはもともとは近親婚や部族間闘争をふせぐために作り上げられたのかもしれない、となんとなく感じる。でも、ヨォルングの親族関係のような「人と人をつなぐシステム」が現代の世界に波及すれば、世界はもっと平和になるのかもしれないなぁと思った。道でふとひろった人がお父さんやおばさんだったりするわけだから。
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# by earth-tube | 2013-08-09 15:40 | 店長の日記
1年ぶりのファミリー
去年は乾季の間に3回訪れたが、今年は1年ぶりで子供たちも大きくなってるだろうなぁと楽しみにしていた。また、ゴーヴでのレンタカーはちゃんと職員が空港まで出向いてきてくれるのでトラブルは少なく気楽な気分で旅の最終目的地である北東アーネム・ランドの玄関口ゴーヴへとやってきた。

空港を降り立つとレンタカー屋のおっさんがコッチコッチと手を降っている。オーストラリアは移民をたくさん受け入れてきた国で多民族国家と言われているけれど、まわりをざっと見渡しても空港内には自分以外にアジア人はいない。

上背があってどっぷりお腹が出た60才くらいだろうか。おっちゃんはもともと何色だったのかよくわからないうす~い茶色のヨレヨレ・クタクタのTシャツにほころびた短パンをはいていた。この地に住んで40年だという.......。ややヨォルング化しているようだ。

ダーウィンではマニュアルでえらい目にあったので、「オートマでよろしく!」と伝えると、おっちゃんは「おまえはレイジー(なまけモン)・ドライバーだ」と言ってニヤリと笑った。

マナーモードにしていた携帯を見るとジャルの息子のラリーから4件も着信があった。電話すると「いやぁ、無事ついたか心配でね」。マンダプル(イダキ)の演奏は鬼神のようなものがあるのに、人柄は父親ゆずりであたたかい。

家に着くと、バイロンベイからやってきたというカップルがいた。70年代くらいのランクルだろうか、カクカクとしたボディでえらく渋い4WDに乗っている。後部座席を改造して二人で眠れるようにしてあって、ルーフキャリアには荷物が満載。相当デキル人らしい。実際会って話をすると、おだやかで気持ちのいい人たちだった。オーストラリアでなぜか波長が会うのはヒッピー的なテイストのある人たちだ。彼らは白人だけどどこかアジアっぽさを感じる。そして、ゆるい!

「4年前に作ってもらったんだ。」と言って彼が見せてくれたのは木肌に直接Wititj(オリーヴ・パイソン)が描かれたかっこいいマンダプル(イダキ)。ボトム付近にはDJaLuと書いてある。かれらはガーマ・フェスティバルで食事を作るボランティアとしてやって来たらしい。普通に参加すると$1000以上かかるので、ボランティアスタッフとしてフェスを楽しむというのはアリだろう。

午前中はガーマにボランティアとして参加するという人たちがひっきりなしにあらわれて、イダキ作りを手伝って昼過ぎには誰もいなくなって、ファミリーはいつものペースにもどっていた。

ラリーの息子のババミコがやってきた。すごく背がのびている!

去年のイダキ・マスタークラスの途中でババミコは、わがまま全開でギャン泣きしていた時に泣いて力みすぎてプ~とおならをした。それでヨォルングの唄のメロディーに合わせて「ガプミ~(おならした人)、ガプミィィィ~♪」と冗談ぽくぼくが唄ったのをまだ覚えていて、「ガプミ~、ガプミィィィ~♪」と唄っている。1年で身長はのびたけど中味は同じっぽいね。
Winiwini playing yidaki
ラリーは人がいなくなってからブラっとやってきて、自分が作ったというマンダプルを1本見せてくれた。かなりのお気に入りらしく、マンダプル作りをしてる時間よりもはるかに長い間そのマンダプルを鳴らしまくっていた。とてつもなくキレがあるのに、どこか丸みというかやわらかさを感じさせるサウンドは北東アーネム・ランドでも唯一無比と言っていいかもしれない。

ジャルは「ダーウィンで娘にお金を渡してくれたよね」と言って自分が作ったマンダプルの所に連れていってくれて、「好きなの2本選べ」と提案してくれた。ノーペイントで木工用ボンドまで塗った状態のものが5本あり、どれもジャルのテイストを感じるものだった。

5本鳴らさせてもらってから、「どれがいいかな?」と聞くと、Dhit Dhitと短くそれぞれのマンダプルを鳴らしてから、コレじゃない?とおすすめしてくれた2本をゆずっていただいた。ぼくがいいなと思っていたものと一致していた。いい楽器からおすすめしてくれるジャルならではだなぁ。

今回家にはブッシュでカットしてきた木がたくさんあった。聞くとわざわざマタマタ・アウトステーションの手前のスポットまでガーマ用にカッティングに行ったらしい。

ガーマの日取りは詳しく知らなかったがちょうど1週間後にスタートするそうだ。Yothu YindiのボーカルのM. Yunupingu氏が亡くなったため、今年のガーマはブングル(唄と踊り)はなく、Yothu Yindiの初代マンダプル奏者M. Mununggurr氏の死後ずっと封印されていたイダキ・マスタークラスは今年から復活するそうで、ジャルはかなり意気込んでいた。ファミリーも全体的に活気に満ちていた。滞在は3泊4日と短いけれど、活気あるステイになりそうだ。

泊めてもらっているお礼に毎晩一家のご飯を作るんだけど、初日はオイル系のパスタにした。普段あまり野菜を食べていないようなので野菜をたっぷり入れて。
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# by earth-tube | 2013-08-08 09:52 | 店長の日記
ダーウィン・ショーでハンバック
もう完全に解放された気持ちでダーウィン・ショーが行われているという郊外へと車を走らせる。土むきだしの広大な駐車スペースにみっちりと車が止められていて、ダーウィン周辺の人たちのほとんどが集まってるんじゃないの?っていうくらい。

入場料は$18。エントランスで支払って林一家に合流する。ひとまずなんか食べようということで屋台をいくつか見るが、ロスタイムの決勝ゴールを決めたばかりで興奮しているのか胃がムカムカして食欲がわかない。フルーツジュース屋を見つけて、マンゴー&アップルのスムージーを注文する。スモール$6でラージが$6.8ってどんなけ微妙な差のつけ方!ラージを頼んだら恐ろしいことになりそうな予感がしたので、スモールを頼む。日本のマクドナルドのラージよりでかいカップが手渡された.......。
ズッシリと重いスムージーを片手にすごい機械音が聞こえる移動遊園地エリアに向かう。壁一面にぬいぐるみをかざった日本のテキ屋みたいなお店、そしてとてつもない速度でグルグルと回転する激しいアミューズメント!なんかB級な香りただよう絶妙なおもしろさ!
広い楕円形の運動場のような場所ではアーミーの特殊車両、SWAPの車、消防車、ちとヤンキーな車などなどが回ったり、同じ場所で乗馬の障害物の大会がはじまったりと幅広い。ぼんやりと運動場で車をながめていると携帯電話が鳴る。
「もしもし。ワーワー(兄弟)?いまお金がなくって子供に食べさせることができないの。」

ジャルの娘のリナである。

「いや、いまダーウィン・ショーに来てるんだけど。」

「わたしたちもいまダーウィンよ。ホテルまで来てくれない?」

「いや、ショーの場所まで来てくれたらヘルプできると思うんだけど。どうかな?」

「んじゃ、行く!」

まさかのダーウィンでのハンバック。

狩猟採集を中心とした生活をしてきたかれらの言葉の中に日本語の「ありがとう」にあたる言葉はないそうだ。つまり、力と能力のある狩人が自分がえた獲物を他の人に分配するということは、かれらの文化の中ではあげる側にとっても、もらう側にとってもあたりまえのことなのだ。だから、もらう事は「有り難い(ありがたい)=ありえない=感謝」ではなく当然のこととなる。

そこでヨォルングの親族関係のシステムの中に外国人の自分が組み込まれたとき、同時にこの文化の中に巻き込まれてしまう。イルカラ方面にいる時はまだしも、ダーウィンでのハンバックははじめてかも。

ダーウィン・ショーの入り口にあらわれた彼女たちは子連れで6名!アーネム・ランドからわざわざこのショーのために来ていたらしく、昨晩もここで遊んだらしい。そらお金なくなるわ!

けっこうな大金を手渡す。「帰ったらイダキいっぱいあるからそれで返すから大丈夫よ」という言葉を信じて、彼女たちのあとについていく。縁日で売ってる安くないオモチャや服を、手にしたお金でバンバン買っていく。あぁ、彼女たちホテルまで帰れるだろうか.......。宵越しの金は持たない。これもかれら流なのである。
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# by earth-tube | 2013-08-05 19:05 | 店長の日記
ロスタイムの決勝ゴール
ダーウィン在住の林くんと昨晩合流し、本日土曜が最終日というダーウィン・ショーへ林一家とともに行くことに。朝の11時をすぎてそろそろ家を出ようか、という前に最後に確認をと思ってダーウィン・ギャラリーへ電話をしてみた........。

営業時間外には留守電にすら鳴っていなかったので、期待もせずに電話の呼び出し音を聞いてると.....

「もしもし?」

「え?今日土曜やけどやってるの?」

「えぇ、2時までやってるわよ」

もう完全にあきらめてダーウィン・ショーでのんびりしようと思っていたところでの最後のチャンスがやってきた!林ファミリーとはショーの場所で集合することにして、車をかっ飛ばす(法定速度を遵守しながら)!

今度こそ開いてるという、はやる気持ちでギャラリーについたのは12時すぎ。ギャラリー内にはディジュリドゥらしきものは一つもないので女性スタッフに話かけた。

「日本から来たんやけど、事前にお願いしててマニングリダからディジュリドゥを送ってもらってるはずなんです」

「うーん。聞いてないわねぇ。倉庫を見てきてあげるわ。」

ソワソワした気持ちで待っていると、彼女がもどってきて、倉庫にも無いとのこと。ここまで来てほんとに空振りか?という気持ちがよぎる.......。ふとギャラリーのすみに目をやると段ボールに梱包された大きな包みが3つある。よく見ると送り状などはなく、国内線のセキュリティチェックのシールがはってある。もしや、ココココ、コレじゃないのぉぉぉおお!?

「あの、コレめっちゃそれっぽいんですけど?」、スタッフに聞くとボスに聞いて中味を確認してくれるとのこと。いちるの望みを彼女の電話に託して結果を待っていると、もうほぼ祈りに近い気持ちになってきた。あぁ、こういう時に人間の宗教心って最高レベルに高まるのか。あ、あと二日酔いの朝の「もう飲みません」ていうあの時にも同じ祈りが.......。

「開けていいってさ。」

二人でその大きな包みをあけてみると.......。ディジュリドゥが入ってるやないか!いや、もう、きちんと「ホウレンソウ」しといて下さいよ!報告・連絡・相談!

事前にいろいろ交渉してきてしっかりアレンジされていると思ったらその結果が、なぜかシャーロック・ホームズ的推理と根気と交渉の末にようやくディジュリドゥにたどりつけるとは!!!!!!!ここまで困難を極めるてくると、念願のディジュリドゥを見ただけで小学3年生の子供が今晩カレーっていうだけで奇声をあげるような純真な心もちで叫び出したくなる。

かなりしっかりと梱包されている包みを一つあけて、二つ目に移ったころ、女性スタッフから思わぬ一言が.......

「今日土曜日じゃない。わたしここの鍵もってなくて、管理人が1時になったら鍵をしめに来るの。わたしが鍵もっていたらいくらでもいてくれていいんだけど.......。」

エ!電話では2時までって言うてたやん。という言葉をグッと飲み込んで、

「で、今何時です?」

スリープしてる彼女のPCをキーボードをたたいてモニターをのぞきこむとすでに12時45分!スタッフの女の子とリレーのようにしながら梱包を次々とあけてMagoのサウンドチェックをしていく。アレコレ悩んでいる暇はない。妙に感覚が研ぎすまされる。

20数本の中から、微妙にコレはちょっといいかも、というのはいっそのことはぶいて、ビビっと来たやつだけを8本ピックアップ。気づけばすべてBob Burruwal作のMagoだった。

セレクトを終え、ギャラリーのドアを開けて外に出た。その瞬間.......サッカーのロスタイム中に審判がホイッスルをくわえて時計をみだしたその時、決勝ゴールを決めたフォワードの選手ばりに芝生の上をすべりながらガッツポーズをしていた。心の中で.......。いや、おおげさじゃなく、ほんとに。
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# by earth-tube | 2013-08-05 18:20 | 店長の日記
リベンジなるか!?
マニングリダ・アートのダーウィンのギャラリーは14時に閉まってしまうため、日本から到着した水曜当日は、訪れた時にはすでに閉まっていて苦汁を飲んだ。ギャラリーは土日開いていないのと、日曜早朝の便でゴーヴへと向かうスケジュールだったので、金曜のラストチャンスに賭けようと朝6時半にキャサリンを出発した!

あたりはまだ薄暗く、乾季のキャサリンの早朝は日本の秋のような肌寒さだった。ダーウィンまで続くスチュアート・ハイウェイは平坦なまっすぐの道だが、それが眠気を誘うのか居眠り事故を起こす人もけっこういるらしい。速度制限が130km/hというのもある。

行きしなは太陽が沈んでしまうとカンガルーやワラビーが道路に飛び出してきて危ないのでノンストップで飛ばしたが、帰りは1時間ごとに休みをとりながら運転をしたらものすごい楽ちん。じつはこれはベズウィックに一緒に行ったおばちゃんからのアドバイス。70年代から砂漠にかよってるおばちゃんの実体験から来た言葉だけに、実際やってみるとその効果にリアリティがあった。

途中、パトカーが2車線の道路の真ん中をサイレンを鳴らしながら走って来て、車を路肩によせろ、という合図を手でしてくる。スピードを落として路肩に車を止めると、しばらくすると道幅いっぱいいっぱいの巨大な家をつんだトラックが3台立て続けにやってきた!オーストラリア、やることのスケールがでかい!
たっぷり4時間かけてダーウィンに着いたのは11時前。運転疲れよりも気になるギャラリーの状況.......。足早に入り口の前に行く。ガッ!ガガガッ!

とびらは前回同様開いていない.......。

現地在住の林くんによると年1回行われるダーウィン・ショーという、移動遊園地・動物の品評会・乗馬の大会・車のショー・出店などなどが行われるお祭りのためダーウィンは休日になってしまっているらしい!その名もピクニック・デー!

この旅の唯一のオフである明日土曜日はもうそのダーウィン・ショーとやらに行ってやろうじゃないか!ピクニック・デーだけに.......半ベソで誓った。
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# by earth-tube | 2013-08-05 18:13 | 店長の日記
伝統奏法のひろがり
ベズウィックで集中力を使い果たしたのか、なぜかフラフラになってキャサリンに帰って来た。ココズ(泊まっている宿 )に戻ってくると宿主のココさんがぼくの顔を見ると、突然音楽をかけはじめた。今の気分にぴったりなゆったりとした古いブルースが結構な音圧で宿中に流れはじめた。その音の鳴る方へ行ってみると、イダキ小屋の上にゴミ箱を切り抜いてその中にスピーカーがつっこんである!
このサウンド・システム、なにげにイカす!

ウーファー的な役割をはたしているこのへんてこなゴミ箱を見上げながらニヤニヤしていると、昨日知り合ったスペイン人のディジュリドゥ・ガールが後ろから声をかけてきた。

「昨日あんたの音聞いてコレだ!って思ったのよ。ちょっと教えてくれない?もちろんレッスン代は払うわよ」

「んじゃ、ビールおごってよ」

「オッケー!」

ということでなぜかオーストラリアでディジュリドゥをスペイン人に教えることに。もともと興味があったせいか彼女は基本的なことをドンドンつかんでいく。

その姿をみながら、「Magoのスタイルをやるノン・アボリジナルのディジュリドゥ奏者がもっと増えたらいいよな~、世界規模で。んで、こういうフェスの時とかにそういう強者が世界中から集まったりしたらおもろいよな~。」と、ビールでぼんやりした頭で思った。
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# by earth-tube | 2013-08-05 18:03 | 店長の日記
フェスティバル前のベズウィック
昨晩ココズで出会った砂漠のアート関係の仕事をしているおばちゃんが、ベズウィックに一緒に行きたいというのでどういうわけか二人でベズウィックに向かう。このおばちゃん、旦那さんをメルボルンにおいて一年の半分は西砂漠のアボリジナル・コミュニティですごすという強者で、車内でもパッションあふれるアート論やアボリジナルの人々とすごしてきたストーリーを止まることのないマシンガンのように話続ける。キャサリンからは1時間半の距離がおばちゃんのおかげで思いがけず短く感じられた。


アートセンターに行くとフェスティバル3日前ということで、機材の搬入やらドラムセットの組み立てやらでスタッフがすごく忙しそうに動いている。スタッフの一人をつかまえて今ある在庫をすべて見せてもらう。このエリアを代表するMago職人であるFrankie Laneの作品を中心に、今まで見たことのない職人のしかもかなり渋い演奏感の作品も買うことができた。

ベズウィックのディジュリドゥMagoにはたいていシュガーバグと呼ばれる現地のワイルドハニーからとれる黒い蜜蝋が伝統的手法でごってりとつけられていて好印象。イルカラ方面のディジュリドゥYidakiには楽器の構造的に蜜蝋がついているものはかなり少ない。ここで黒い蜜蝋を買うことができるが1gにつき$7とかなり高額だった。それだけ希少なものなのかもしれない。

楽器をすべてセレクトして、ふと機材の方を見ると黒いテープが巻かれた短いMagoが無造作に立てかけてあった。マウスピースには大きなクラックがあり、鳴らしてみるとあちこちにクラックがあるらしく、水をジャブジャブ注いでも結構厳しそうな状態だった。

そして壁側には赤黄黒のテープが巻かれたYidakiのようなルックスのディジュリドゥがある。スタッフに聞くと黒い方がラミンギンニン、あざやかなのはベズウィックの楽器らしい。この地域のテープぐるぐる巻の楽器を見るのはひさびさでやけに興奮する!(←書いていて客観的にみたら相当おかしな状況だなと感じる)。

去年来た時に出会ったバニヤラ出身の若いヨォルング、ファビィアンがいたので話かけると「あのテープのやつ、俺のなんだ」と言って、イダキ的な演奏をしていた。ほかにも鳴りのいい楽器はあったが、あえてテープの楽器の方が好みのようで、「こっちでフェスティバルで演奏するんだ」と自慢げに話していた。彼らにとって大事なのは音じゃなくてプレイ感なんだなぁとつくづく感じた。

白髪のやせたカッコいいおじいちゃんが芝生の上に座ってぼーっとしてる。話かけると、世界中あちこちに行って唄っているラミンギンニンから来たボビィだという。日本にも行ったことがあって、「北海道でアイヌのトンコリ奏者のオキと一緒に演奏したよ」と言っていた。あとから調べたら、ボビィはこの地が輩出したロックバンド「Wak Wak Jungi」のメンバーだったらしい!そして映画「Ten Canoes」にも出演していたらしい!どこで誰に会うかわからない。

ボビーに聞くとあの黒いMagoは彼と一緒にラミンから来た若い子の楽器だそうだ。「ラミンギニングってヨォルングのYidaki的演奏とベズウィックみたいなMago的な演奏をする人たちがクロスしてるよね?」と聞くと「そうだよ。あの黒いのはYidakiじゃない。小さいだろ。」と言っていた。ヨォルング文化圏の最西端ということもあってより多文化な場所と言えるのかもしれない。

ボビィと同じバンドメンバーの太ったおじさんのスィートな唄声とギターを聞いて、とてもリラックスした気持ちになってベズウィックを出た。
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# by earth-tube | 2013-08-05 17:48 | 店長の日記
もう一人のMago Master
翌朝、キャサリン市内にあるベズウィックのアートギャラリーに向かう。時間は9時すぎ。ゲートは開いているし、電気もついているが、鍵はあいていない。ぼんやり待つこと20分、従業員の女の子が牛乳を持って現れた。

ここではホイップしたクリームがのったおしゃれなカフェラテとかが飲めるのだ。普段コーヒーは飲まないが、一杯たのんでから楽器を見せてもらう。そんなに数は多くないが、Tom KellyのMagoがあるではないか!!!!!!!Tom Kellyは知る人ぞ知る名ソングマンであり、バンブーマンなのである。

このエリアが輩出した世界的ディジュリドゥ奏者David BlanasiとそのソングマンDjoli Laiwangaと共に活動し、その一座の中でセカンド・ソングマン、そしてDavid Blanasiの代役をこなすバンブーマンとして活躍してきたのがTom Kelly。ある意味このエリアの音楽が対外的にもっとも華やかなる時代を知る最古老なのだ(7インチとカセットでリリースされた「Songs of Bamyili」ではTom Yorkdjankiとしてディジュリドゥの演奏が収録されている)。

Tomは足を悪くしていて、はじめて彼に会った2005年にはソングマンとしてもMago奏者としても活動しておらず、すでにMago職人としてほとんど楽器を作っていないようだった。その後、2011年にこの地を訪れた時に4-50本ほどの在庫の中で唯一1本だけ見つけたのがコレクションにのっている作品だ。
Tom Kelly Mago
Tom Kellyの2011年作のショートMago

今回はそのTomの作品を4本発見!しかもそのどれもがガマック(このエリアの言葉でグッド)!

出だしがスベッた感たっぷりでどうなることかと思ったけれど、かつての名プレーヤーのすばらしい作品に出会えて疲れがすっ飛ぶ思いだった。
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# by earth-tube | 2013-08-03 13:53 | 店長の日記
はじめての……
キャサリンへ着いたときには夜の7時。フラフラする頭でビールをもとめてスーパーマーケットへ。酒屋が閉まる前にとレジの前にはお酒を求めるアボリジナルの人たちの長蛇の列。例外なくみんなVB(ヴィクトリア・ビターという銘柄のビール)を箱買いプラスアルファ。日本の飲食店に行くとかなり高い確率でアサヒスーパードライっていうのと同じ感覚だろうか?
Coco's Backpackers
キャサリンに来ると必ずとまる安宿ココズバックパッカーズの門をくぐる。あまり変わらぬボロい感じに懐かしさがこみ上げる。宿主のココさんの高らかな声が響く「ゴリ!ロングタイム・ノーシー!(久しぶり)」。「いや、去年も来たんやけどココさんおらんかってん」。「あ、そう?」。「今回はテントじゃないよ。ココズに来て10年以上たつけど初のドミトリーで。」「うそ?おまえは絶対テントやろ~!」なんだかココさん楽しそう。新しい建物もすでに3年以上かけてDIYでやってるけどあと2年後にはできそう.......かな?
DIYで建設中のココズの建物
ベズウィックで行われるWalking with Spiritsフェスティバルに参加するために来ているスペイン人の女の子や、西砂漠のアボリジナル・コミュニティに住んでるおばちゃんやらに紹介された。ビールを飲みながらココさんと旅行客の間で交わされるおもしろトークを聞く。あぁ~やっぱえぇなぁこの場所。ゆるいんです。大学生がツレの下宿先を訪れるような、そんな気分。いろいろあった長~い一日やったけど、なんか急にリラックスな夜がおりてきた。
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# by earth-tube | 2013-08-03 13:37 | 店長の日記